宇宙に散らばる銀河は、単独では存在しない。多くは数十から数千の仲間と集まって「銀河団」を作っている。この銀河団こそ、宇宙で最大の重力天体だ。
その質量の計算が、大幅に間違っていたかもしれない。
ボン大学の研究チームが発表した試算によると、銀河団の通常物質(目に見える物質)の総質量は、従来の見積もりよりも約2倍大きい可能性がある。犯人は、長年誰も真剣に数えてこなかった「星の死骸」だった。
銀河団とは何か、まず整理する
銀河団とは、数十から数千個の銀河が重力で結びついた集団だ。天の川銀河もこの「乙女座銀河団」に属している、と言うと少し驚く人もいるかもしれない。
銀河団を構成する要素は、大きく3つに分けられる。まず銀河そのもの。次に銀河と銀河の間を満たす高温ガス(これがX線で光っていて、望遠鏡でとらえやすい)。そして、見えないが質量の大部分を占めるダークマター(暗黒物質)だ。
この構成比の「通説」は長らくこうだった。ダークマターが約75〜80%を占め、高温ガスが約15%、銀河が5〜10%という感じだ。精度の高い観測が積み重なったことで、天文学者たちはこの数字をある程度信頼するようになっていた。
ところが今回の研究は、その「銀河の部分」の見積もりが致命的に甘かったと指摘する。
見落とされてきた「星の墓場」
銀河の中にある星は、永遠に輝き続けるわけではない。燃料を使い果たせば、種類によって異なる「最期」を迎える。
太陽くらいの質量の星は、赤色巨星を経てガスを放出し、中心部が白色矮星として残る。白色矮星は地球くらいの大きさしかないが、太陽と同程度の質量が詰まっている。非常に暗く、単独では観測しにくい天体だ。
太陽の8倍を超える重い星は、壮絶な超新星爆発を起こす。爆発後には中性子星か、さらに重ければブラックホールが残る。中性子星は直径わずか20kmほどだが、太陽と同程度の質量を持ち、密度は原子核と同じレベルだ。
これらの星の残骸は、ずっとそこにある。銀河が何十億年もかけて星を作っては死なせてきた分だけ、残骸も積み重なっている。問題は、天文学者たちがこれを「銀河団の質量計算」にちゃんと組み込んでこなかったことだ。
なぜ今まで数えていなかったのか
正直に言うと、技術的な難しさが原因だ。
白色矮星は暗い。中性子星は小さすぎて通常の方法では見えない。ブラックホールは光を放たないので直接観測できない。「たくさんあること」はわかっていても、銀河団全体でどれだけの数がいるのかを具体的に計算するのが難しかった。
ボン大学のチームはこの問題に対して、異なるアプローチを取った。星の生成率(どれだけの速さで星が生まれているか)と星の死亡率のモデルを組み合わせ、銀河団の歴史全体を通じて累積した残骸の量を理論的に試算したのだ。
結果として出てきた数字が、想定より大きかった。白色矮星だけでも相当な量だが、中性子星とブラックホールを加えると、通常物質の総量として見積もりの2倍近い値になる可能性があるという。
ここで誤解のないように補足しておく。「銀河団全体の質量が2倍になった」ということではない。あくまで通常物質(ダークマターを除く部分)の中での話だ。ただし、この見直しはダークマターの推定量にも影響する。
「正確に測れていた」という自信が崩れる
この話の怖いところは、銀河団の質量は天文学の中で「比較的よく測れている」分野のひとつだったことだ。
X線観測や重力レンズ(重力によって光が曲がる現象)、個々の銀河の運動速度など、複数の独立した手法で測定を重ねてきた。それらが互いに大きくずれなかったから、天文学者は安心していた。
でもそれは、どの手法も同じ「見落とし」をしていたから一致していた可能性がある。みんなが同じものを無視していれば、答えは揃う。ただし、揃って間違っているだけだ。
研究者たちは今、これをどう補正するかを議論している。単純に「2倍にすればいい」という話でもなく、モデルの精緻化が必要だ。
宇宙の「重力地図」を書き直す
銀河団の質量が変わることの影響は、銀河団の話で終わらない。
宇宙論の計算では、銀河団の質量分布が「宇宙の大規模構造」の形成史を理解する鍵になっている。銀河団は宇宙のフィラメント(銀河が糸状につながった構造)の交差点に位置し、そこへ周囲の銀河や物質が引き寄せられて集まってくる。その重力の強さが計算とズレれば、構造がどのように形成されてきたかのシナリオも修正が必要になる。
さらに、ダークマターの総量推定にも波及する。銀河団の質量のうち「通常物質の部分」が増えれば、残りのダークマターの割合は相対的に変わる。宇宙全体の物質・エネルギー収支を表す「宇宙の成分表」は、何十年もかけて精緻化されてきたものだが、ここに修正が入るかもしれない。
宇宙論の研究者にとって、これは無視できない可能性だ。
残骸が語る銀河の歴史
見方を変えると、銀河団の中に積み重なった星の残骸は、その銀河団がどんな歴史をたどってきたかを記録した「帳簿」でもある。
多くの中性子星やブラックホールが存在するということは、過去に大質量の星が大量に生まれ、爆発してきたということだ。銀河の「スター形成史」と残骸の累積量は連動している。逆に言えば、残骸の量を精密に測れれば、その銀河団が宇宙の歴史の中でどのタイミングでどれだけ活発に星を作っていたかを推定できる可能性がある。
現在、次世代のX線宇宙望遠鏡の計画が複数進んでいる。欧州宇宙機関(ESA)が主導する「Athena」は、従来の観測装置では捉えられなかった淡いX線放射を拾い上げることができると期待されている。白色矮星の集積によるX線放射や、中性子星からの電磁波を統計的に検出することで、今回の試算の精度を実測で確かめられるかもしれない。
重力波観測も重要な役割を担う。LIGO/Virgo/KAGRAが検出してきた中性子星同士の合体や、ブラックホールの合体イベントは、宇宙全体での「コンパクト天体」の数密度を統計的に制約する手がかりになる。銀河団という限られた空間の中でも、同じ手法が応用できるかどうかが今後の研究課題のひとつだ。
「見えないもの」を数えることの難しさ
この話を聞いて、ダークマターを思い浮かべた人もいるかもしれない。あれも「見えないが存在する」ものだ。でも今回の話は、ダークマターとは少し性格が違う。
中性子星もブラックホールも、電磁波を通じて観測できる技術が原理的には存在する。完全に「見えない物質」ではなく、「非常に難しいが見える物質」だ。それでも見落とされてきた。
宇宙には、私たちが「数えた」と思っているものの中にも、まだ計上されていない分が残っている。銀河団の星の残骸は、そのひとつの例だった。今後の観測技術の向上、とくに次世代のX線望遠鏡や重力波観測による中性子星・ブラックホールの直接検出精度が上がれば、この「見落とし」の量は定量的に確かめられるはずだ。
宇宙の計算は、いつでも「暫定版」
宇宙の質量計算が間違っていた、という話は、実は天文学の歴史の中で何度も繰り返されてきた。ダークマターの発見だってそうだし、宇宙膨張の加速(ダークエネルギー)だってそうだ。測るたびに、「足りない何か」が見つかる。
今回の星の残骸の話も、同じ文脈の上にある。宇宙はまだ全部は数えさせてくれない。
ただ、そこが面白いとも思う。「もう大体わかった」と感じた瞬間に、全然数えていなかったものが出てくる。宇宙の研究というのは、そういう驚きの連続だ。
中性子星とブラックホールが銀河団の質量計算を2倍にするという話。数字としては派手だが、要するに「ちゃんと死骸を数えましょう」という、ある意味で地道な話でもある。宇宙の会計士たちは今も、計上漏れを探し続けている。