1億5000万km離れた太陽の表面で、東京から横浜までの幅の構造が、1点ずつ見分けられるようになった。撮ったのは、ハワイの山の上に立つ地上最大の太陽望遠鏡だ。宇宙に上げた望遠鏡ではなく、地上から、である。

その望遠鏡の名は、ダニエル・K・イノウエ太陽望遠鏡。運用しているのはアメリカ国立太陽天文台(NSO)だ。

のっぺり光る玉、ではなかった

2020年、この望遠鏡が最初の画像を公開した。写っていたのは、太陽の面をびっしり埋め尽くす粒つぶの模様だった。

NSOによれば、明るい粒の中心では熱いプラズマ(電気を帯びたガス)が湧き上がり、冷えると粒の境目の暗い筋へ沈んでいく。要するに、味噌汁の表面が対流でうごめくのと同じことが、桁違いのスケールで起きている。

太陽の表面はテキサス州サイズの対流セルで埋め尽くされている

粒の1つ1つが、アメリカのテキサス州がまるごと入る大きさだという。日本でいえば、本州がすっぽり収まるくらい。その一粒が、数分で湧いては沈むを繰り返している。

この数字、最初は誤植かと思った。

しかも止まった写真ではない。NSOは、これまで見えていたものより3倍も細かい構造を、1秒間に何度もとらえられると説明している。粒が生まれ、膨らみ、暗い溝へ崩れていく一部始終が、動く映像として記録できるということだ。

太陽が「静かに光る玉」に見えていたのは、単に細かく見えていなかっただけらしい。では、どこまで細かく見えるのか。

30kmを見分ける、という異常

NSOの発表では、この望遠鏡が見分けられる最小の構造は約30km。太陽の直径は地球の100倍を超えるから、そのスケールでの30kmは針の先ほどの細かさでしかない。

比較になるのが、同じNSOが長年使ってきたダン太陽望遠鏡だ。こちらが見分けられる細かさは約160km。新しい望遠鏡は、それを5倍以上こまかくした計算になる。

1億5000万km離れた相手の、30kmを1点として拾う。地球でいえば、東京から横浜までの距離を、はるか彼方から1本の線として見分けるようなものだ。

見分けられる細かさが従来より5倍以上こまかくなった

太陽はいちばん近い星とはいえ、桁外れに遠い。その遠さで30kmを解像するというのは、これまでの太陽の姿がいかにぼやけていたかの裏返しでもある。長年、天文学者は太陽の細部を「見えないまま」推し量ってきた。

問題は、なぜ地上からそんな芸当ができるのか、である。大気のゆらぎは星をまたたかせ、望遠鏡の視界をぼかす厄介者のはずだ。宇宙に打ち上げたほうが有利に思える。

大気のゆらぎを、毎秒打ち消す

鍵は2つ。大きな鏡と、補償光学(ほしょうこうがく)という技術だ。それと、置き場所も効いている。この望遠鏡が立つのは、ハワイ・マウイ島のハレアカラという標高3000m級の山の上だ。空気が薄く澄んだ高山なら、地上の敵である大気のゆらぎを、そもそも減らせる。

まず鏡。直径4mの主鏡は、太陽望遠鏡としては世界最大だとNSOは説明している。鏡が大きいほど、原理的には細かいものまで見分けられる。ただ、大きな鏡を用意しても、大気のゆらぎでぼやけてしまえば意味がない。

そこで補償光学が効いてくる。大気で乱れた光を、形を変えられる鏡でリアルタイムに整え直す仕組みだ。しかも1秒間に何度も。星のまたたきを、機械が先回りして打ち消していると思えばいい。

それに太陽の補償光学には、夜の星を撮るのとは違う難しさがある。夜空なら1つの星を目印に光の乱れを測れるが、太陽は面いっぱいに広がっていて、目印にできる一点がない。表面の模様そのものを手がかりに、ゆらぎを読み取る工夫が要る。

補償光学が大気のゆらぎを毎秒打ち消してくっきりした像をつくる

白状すると、この仕組みを長いこと「宇宙望遠鏡のほうが必ず上」と誤解していた。地上には、鏡の口径を大きくしやすいという別の強みがある。大気という敵はいるが、それを技術でねじ伏せれば、地上でも十分に勝負できる。

ちなみに4mの鏡で太陽光を集めると、その熱は凶暴だ。鏡や装置が溶けないよう、専用の冷却システムが常に回り続けている。この望遠鏡が集めているのは、光であると同時に、膨大な熱でもある。日食を虫めがねで紙に集めると焦げる、あの現象を巨大化させた世界を想像してほしい。

本当に見たいのは、光ではなく磁場

きれいな画像は、目的の半分でしかない。研究者が本命として狙っているのは、太陽の磁場だ。

太陽の黒点や爆発は、磁場の乱れが引き起こす。ところが磁場そのものは目に見えない。そこで使うのが偏光(へんこう)――光の振動の向きの偏りを精密に測ると、そこにどんな磁場があるのかを読み取れる。

2020年に公開された黒点の画像では、20kmほどの細かな磁気の構造まで写し出された。この黒点は、地球がまるごとすっぽり入るほど大きいとNSOは述べている。太陽の「シミ」ひとつが、惑星を丸のみできる規模なのだ。

黒点は暗く見えるが、それでも温度は4000℃を超える。まわりの表面よりいくらか冷たいせいで、相対的に暗く沈んで見えているだけだ。冷たいといっても、地球のどんな炎より熱い。

NSOは、太陽のコロナ(外側の希薄な大気)の磁場を継続的に測るのは、この望遠鏡が初めてだとしている。目に見えない磁場を、これまでにない細かさで追いかけ始めた、というわけだ。

面白いのはここからだ。その見えない磁場の乱れが、地球のわたしたちの生活にまで届いてくる。

太陽の磁気の乱れが、GPSと送電網に届く

太陽の磁場がねじれて解ける瞬間、フレア(太陽面での爆発)や、大量の荷電粒子の放出が起きる。それが地球に届くと、いわゆる宇宙天気が荒れる。

荒れるとどうなるか。人工衛星が誤動作し、GPSの示す位置がずれ、規模が大きいと送電網に過剰な電流が流れて停電を招くこともある。今朝スマホの地図が示した「現在地」も、もとをたどれば太陽の機嫌に少しだけ左右されている。

太陽の磁気の乱れが衛星・GPS・送電網という地球の生活インフラに届く

過去には、大きな磁気嵐で通信網や送電網が実際に混乱した例が知られている。太陽は遠い天体でありながら、暮らしのインフラと地続きなのだ。だからこそ、磁場の乱れがどう育って爆発に至るのかを、その入り口の細かさから知りたい。

太陽表面の磁場を細かく見るのは、天気予報の精度を上げる作業に近い。いつ、どこで磁場が乱れて爆発につながるのか。その芽を、これまで見えなかった細かさで観察できるようになった意味は大きい、と研究者たちは位置づけている。

ちなみにNSOによれば、この望遠鏡は通常運用で1日およそ9テラバイトのデータを吐き出す。それだけの情報量で、太陽の「今日の顔」を毎日記録していることになる。宇宙天気の予報は、そうやってためた顔の変化から、次の荒れ模様を読もうとする試みだ。

太陽は、まだ「近所の他人」だ

太陽は地球にいちばん近い星で、それでも約1億5000万km先にいる。近すぎず遠すぎず、表面のうごめきを実際に「映像」として見られる、唯一の恒星でもある。夜空に散らばる無数の星も、近づけばきっと同じように煮え立っているのだろう。その手触りを最初に確かめられる相手が、たまたま毎朝のぼってくる太陽だった。

ここで少し立ち止まってほしい。いま画像に写っているテキサス州サイズの粒の海は、8分前の太陽の姿だ。光が届くのに8分かかるから、リアルタイムの現在ではない。

もしその画像の一粒の上に立てたら、足元では本州ほどの床が数分で湧き上がり、へりの暗い溝へと沈んでいく。轟音を立てて煮え立つ床の上で、白熱した平原が地平線まで続いている。

毎朝カーテン越しに当たり前に浴びているあの光は、そういう場所から8分かけて、あなたの部屋に届いている。