中継所の夜勤は、ミナトという男がひとりで回していた。回していた、というのは大げさで、ほんとうの仕事はたった一つしかない。

毎晩きまった時刻に、遠くに係留された古い船へ信号を送る。文面はいつも同じだ。「そのまま眠っていろ」。

「それだけですか」と、引き継ぎの日に聞いた。

「それだけだ」と、辞めていく前任者は言った。「船は古い。もう誰も乗ってない。会社はな、それをずっと眠らせておくために金を払ってる。お前は眠らせ続けろ。起こすな」

「返事は」

「六日で返る。承認だ。『了解、眠る』って意味さ。受け取ったら、その日は終わり。帰っていい」

ミナトは律儀な男だったから、毎晩きっかり送った。そして六日後、きっかり承認が返った。了解、眠る。何十年も、そうやって続いてきた仕事らしかった。

ところが、である。

ある晩、返事が五日で返った。次が四日。ミナトは記録をめくって、首をかしげた。

「中継が速くなったのかな」

会社に電話をかけると、担当の声は眠たそうだった。

「ああ、回線を新しくしたとかじゃないですか。気にしないで、送り続けてください」

「わかりました」

三日になった。二日になった。ミナトはなんとなく落ち着かなくて、夜ごと記録の数字を並べた。六、五、四、三、二。きれいに縮んでいく。

「速すぎませんか」と、もう一度電話した。

「数字が合ってるなら問題ないでしょう。ちゃんと眠ってるってことですよ」

担当はそう言って切った。たしかに、承認はいつも返る。了解、眠る。文面は一字も変わらない。ミナトは自分に言い聞かせた。眠ってる。ちゃんと眠ってる。

その晩、送信ボタンを押す前に、画面がぽっと光った。

承認。了解、眠る。

送っていないのに、返事が先に来ていた。ミナトは長いこと画面を見つめた。それから、ずっと使っていなかった外の計器のスイッチを、そっと切った。見なければいい。見なければ、数字はない。

今夜、ミナトは震える指で送信した。「そのまま眠っていろ」。

同時に承認が返った。間がなかった。ゼロだった。

切ったはずの外の計器が、ひとりでにうなりを上げた。針が振り切れている。何かが、すぐ外にいる。壁ぎわの古いインターホンが、ざらりと息をして、ミナト自身の声を読み上げはじめた。

「そのまま眠っていろ。そのまま眠っていろ」

ミナトの声だった。ミナトの口ではなかった。

返事が速くなるのは、相手が近づいているからだ。毎晩の「眠っていろ」は、眠らせる命令なんかではなかった。細い糸で手繰り寄せる綱で、船はその綱をたどって、何十年もかけて帰ってきていたのだ。