48光年先の岩石惑星で、空気があると初めて確かめられた。しかもその決め手は、空気がある証拠を直接見たことではない。上のほうから、その空気が宇宙へ少しずつ漏れ出していく現場を捉えたことだった。
漏れているものは、逃げていくものは、たしかにそこに在る。ちょっと変な論法に聞こえるかもしれないが、これがハビタブルゾーン(主星から見て水が液体でいられる距離)の岩石惑星で「大気あり」を確定させた、最初の一例になった。
何が「初めて」だったのか
舞台は LHS 1140 b という惑星だ。地球から48光年、赤色矮星(太陽より小さく暗い星)のまわりを回る岩石の星で、2017年に見つかっている。大きさは地球の1.73倍、質量はおよそ5.6倍。地球より一回り大きい、いわゆるスーパーアースだ。
この星が2026年7月、あるひとつの記録を打ち立てた。ハビタブルゾーンにある岩石惑星として、確実な大気の存在が確認された初めての例になったのだ。
観測を率いた Collin Cherubim さんは「大気は、私たちの知る生命にとって欠かせない。ハビタブルゾーンの岩石惑星で大気が見つかったのは、これが初めてだ」と述べている。研究チームの成果は2026年7月16日付の科学誌 Science に載った。
ここで正直に線を引いておきたい。「大気が確認された」と「生命がいる」はまったく別の話だ。今回分かったのは、あくまで空気の器があるらしい、という一点。ではその器を、彼らはどうやって見たのか。
逃げていく空気が、空気の証拠になる
検出されたのはヘリウムだ。惑星の上層から、宇宙空間へと流れ出していくヘリウムのガスだった。
主星の強い光を浴びると、惑星の大気のいちばん外側は温められ、軽い成分ほど宇宙へ逃げていく。ヘリウムは水素の次に軽く、こうして逃げるガスの先頭を切りやすい。だからこそ、大気が漏れているかどうかを見張るときの、いい目印になる。
逃げるということは、逃げる元手があるということでもある。バケツから水がしたたっていれば、中を覗かなくても水が入っていると分かる。今回の観測はそれに近い。惑星の外へ漏れるヘリウムの流れを分光(光を色ごとに分けて成分を読む手法)で捉え、そこから「この星は大気を抱えている」と結論づけた。
面白いのはここだ。空気そのものより先に、空気が失われていく現場のほうが見えた。過去のハビタブルゾーンの岩石惑星は、調べても調べても「空気の気配なし」ばかりだった。その暗い連敗のなかで、初めて「漏れ」という手応えが返ってきたことになる。
二つの惑星が、同時に星を横切った
では、48光年も離れた星の、しかも微かな漏れを、どうやって拾い上げたのか。
使われたのはチリのマゼラン天文台にある WINERED という赤外線の分光器だ。惑星が主星の手前を横切る瞬間(トランジット)、星の光は惑星の大気をかすめてくる。その光の色に刻まれた、ヘリウム特有の吸収を読み取る。大気を抜けてきた光だけが、その成分の指紋を持ち帰ってくるわけだ。
今回は運も味方した。LHS 1140 の惑星のうち二つが、たまたま同じタイミングで主星の前を横切るという珍しい配置が起きたのだ。この稀な同時トランジットが観測を後押しした。共同で研究を指導した David Charbonneau さんは「検出は統計的に揺るぎないものだった」と語っている。
観測された事実は、あくまで「ヘリウムの漏れの信号」である。そこから大気の存在を導くのは解釈の一段。この二つを混ぜないことが、こういう発見を読むときのコツだ。
「ちょうどいい距離」だけでは、空気は決まらない
ここで一段、視野を広げたい。そもそも、なぜ「初めて」がこんなに遅れたのか。
ハビタブルゾーンにいれば空気がある、というほど話は単純ではない。距離が合っていても、空気を奪う力はいくつもある。主星のフレア(爆発的な放射)、上層を吹き飛ばす恒星風、惑星の重力が弱ければガスを引き留められないし、磁場という盾があるかどうかも効いてくる。
とくに赤色矮星は、若い頃にフレアが荒れやすいとされる。その至近距離を回る岩石惑星は、大気を剥ぎ取られやすい立場にある。だから「距離はいいのに空気は残らない」惑星が、これまで次々と見つかってきた。ハビタブルゾーンは入口の条件にすぎない、というわけだ。
その綱引きの結果を、数字でも見ておこう。
主星からの距離は0.0946天文単位。地球と太陽の間のおよそ10分の1しかない。1周にかかる日数はたった24.7日だ。赤色矮星は暗いぶん、これだけ近くてようやく水が液体でいられる温度になる。近い、暗い、そのぶんフレアの直撃も浴びやすい。悪条件のなかで、この星は空気を手放さなかったことになる。
想像してみてほしい。もしあなたがこの惑星の昼側に立てたら、空には主星が赤く、いつもの太陽よりぐっと大きく居座って見えるだろう。すぐ真上には、ときおり荒れ狂う炎を噴く星がある。そんな空の下で、この惑星は空気を抱え続けてきた。
30億年以上、もちこたえてきたらしい
もう一つ、研究チームが示した推定がある。この大気は、30億年以上にわたって持続してきた可能性が高いというのだ。
念のため区別しておくと、観測された事実は「いま漏れているヘリウムがある」ことまで。そこから逆算して「昔から長くもってきたはずだ」と推定するのは、チームの解釈のほうだ。とはいえ、この推定が本当なら意味は大きい。
たった今できたばかりの、すぐ消える薄い空気ではない。荒れやすい赤色矮星のそばで、地質学的な時間スケールで空気を抱え続けてきた岩石の星が、実在する。地球で最初の生命が芽生えたのも、これと同じくらい昔だ。空気がそれだけの時間、腰を据えていられたという事実の重みは、ちょっと大きい。
「距離だけでは空気は決まらない」という長年の問いに、ようやく「それでも残るやつはいる」という具体例が一つ加わった。数少ない、暗い連敗のなかの一勝。この一例があるとないとでは、次にどの惑星へ望遠鏡を向けるかの見立てが変わってくる。
私たちの空気も、静かに漏れている
生命の話に飛びつきたくなる気持ちは分かる。ただ今回の発見が確かめたのは、生命そのものではなく、生命が立てるかもしれない舞台の床があった、という段階だ。次はその空気に何が含まれているのか、JWST(ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡)のような設備で成分を読み解く番になる。
最後に足元へ戻したい。じつは地球も、水素やヘリウムをごくわずかずつ宇宙へ逃がし続けている。あなたが今吸っているこの空気も、地球というバケツから、途方もなくゆっくり漏れているのだ。
48光年先で、ある岩石の星が空気を漏らしていた。その漏れを人類が拾い上げた瞬間、遠い星の大気は、ただの計算上の可能性から、確かにそこにある一枚の空へと変わった。