夜、丘に立って見上げると、家々の屋根から、白い湯気の柱がいくつも、夜のそらへのぼっていく。この星の家は、どこも自分の空気を自分でためて暮らしていて、暖まったぶんだけ、屋根のぬき穴から、そうしてもれていくのだった。

嫁いできた当座、私はあれを、ただの湯気だと思っていた。もっとも、そんなふうに思っていたのは、どうやら私くらいのものらしい。

町の人は、柱を見て挨拶をする。「今日はトワさんとこ、よく上がってるねえ」。柱の高い家は、中が暖かくて、人がいて、にぎやかな家。柱の細い家は、少し心配される。柱の立たない家は、もう空き家だ。

うちは丘のてっぺんにある。日当たりがいちばんよくて、みんなが欲しがった場所だった。ちなみに、そういう場所ほど空気がよくふくらんで、よくもれるらしい。そんなこと、越してくるまで誰も教えてくれなかったけれど。

だからソウは、いつも継ぎ目を蝋で塗り固めていた。「もったいないだろ」というのが、この人の口ぐせで。おかげでうちのぬき穴は、町でいちばん細い、糸みたいな柱しか立てなかった。ソウは、それが自慢だった。空気をいちばん無駄にしない家、というわけだ。

その冬、ソウは遠くの市へ、ひと月の買い出しに出ることになった。発つ前の晩も、灯りの下でせっせと隙間をふさいでいる。「留守のあいだ、もらしたら損だろ」。私はなんとなく、その几帳面な手つきを、ぼんやり見ていた。

ソウの舟が出てしまうと、夜がやたらと長かった。

谷のむこうでは、トワ婆さんの柱だけが、あいかわらず高々と上がっている。婆さんは洗濯物でもたたむみたいに、柱の高さで手をふってくる。「もれてるあいだが、まだ家にいるってことさ」。そう言って、けらけら笑うのだった。

ところが、ソウがそろそろ帰るという朝、谷のむこうの柱が、ふっと消えた。

トワ婆さんは、娘のいる星へ移ったのだと、あとで聞いた。柱の消えた家は、しんとして、暗くて、空き家とまるきり同じだった。ついこのあいだまで、あんなに高く上がっていたのに。人がいなくなると、こんなにも留守とそっくりになってしまうものだろうか。

その晩、私はふと、怖くなった。

うちの柱は、糸より細い。ソウがていねいにふさいだせいで、ほとんど立っていない。丘の家々も、みんな空気を惜しんで、暗くちぢこまっている。もしソウが夜の暗い丘を見上げたとして――どれがうちだか、わかるだろうか。

留守の家と、待っている家を、いったいなにで見分けるというのだろう。

私は台所へ行って、ソウが蝋で固めた継ぎ目に、指をかけた。もったいない、というソウの声が、耳の奥でした。それでも、ぐいと剥がした。

ぬき穴から、白い柱が、ゆっくりと立ちのぼる。うちの屋根が、ひさしぶりに息をした。暖かさが、もったいないくらい、そらへ流れていく。それを見て、やっとわかった。うちにはまだ、ちゃんと暖かいものが残っていたのだ。もれて、はじめて、見えた。

夜ふけ、暗い水のうえを、灯りがひとつ帰ってきた。

灯りは、暗い丘をしばらく迷ってから、ただ一本だけ立つ白い柱のほうへ、まっすぐ向きを変えた。そうして、のぼってくる。

ソウは家に入るなり、剥がれた継ぎ目に気づいて、目をまるくした。私はしかられるかと思って、つい肩をすくめる。

けれどソウは、しばらく柱を見上げてから、その隙間を、指でもう少しだけ、広げた。

「――これがなきゃ、どれがうちだか、わからなかったよ」

柱は、いっそう高く立ちのぼって、今夜は、うちが丘でいちばん明るい湯気を上げている。