ビッグバンから約18億年しか経っていない宇宙で、「回転していない」銀河が見つかった。
銀河は回転する。それは宇宙の常識のように思われていた。実際、天の川銀河も、アンドロメダ銀河も、私たちが見上げる夜空の銀河のほとんどすべてが、くるくると渦を巻きながら回っている。ところが2026年、JWST(ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡)がその常識に水を差す発見をした。120億光年の彼方に存在する銀河「XMM-VID1-2075」は、ガスも星も、ひどく静かなまま並んでいた。
若い宇宙の銀河は、なぜ「回転するはず」だったのか
まず、なぜ銀河が回転するのかを整理しておきたい。
宇宙で物質が集まって銀河をつくるとき、最初の材料はガスと塵の巨大な雲だ。この雲は、宇宙のどこにでもわずかに「よれ」を持っている。ゆっくりと動いていたり、近くの天体の重力に引っ張られてわずかに回転していたりする。
これが重力によって収縮し始めると、フィギュアスケーターが手を縮めたときのように、回転が速くなる。これを角運動量(かくうんどうりょう)の保存という。物理の授業で習う「回転の勢いは、外から力が加わらない限り変わらない」というあれだ。
銀河が形成されるときも同じことが起きる。雲がつぶれ、中心に向かって落ちていくにつれ、最初にあったわずかな回転が増幅される。こうして、渦巻き状に回転する銀河が生まれる。
この仕組みは、現在の宇宙で観測できるほぼすべての大型銀河で確認されている。だから研究者たちは「若い宇宙でも、大型銀河なら回転しているはずだ」と考えていた。
XMM-VID1-2075 という異端
ところが、XMM-VID1-2075 はちがった。
この銀河は、ビッグバンから約18億年後の宇宙に存在する。現在の宇宙の年齢が138億年であることを考えると、宇宙がまだ全体の13%程度の年齢だったころの銀河だ。
観測チームが JWST の「NIRSpec(近赤外線分光器)」を使ってこの銀河を調べたとき、衝撃的なデータが出た。銀河内のガスや星の動きを示すスペクトルに、回転の証拠がほとんど現れなかったのだ。
銀河が回転していると、手前の方から来る光は波長が短くなって青寄りにシフトし、遠ざかる側からの光は赤寄りにシフトする。これがドップラー効果(光のドップラーシフト)で、回転銀河ではこの「色のずれ」が必ず見える。
XMM-VID1-2075 ではそれがなかった。ガスが右に動いている側と左に動いている側で、光の色に差が生まれない。銀河全体として、回転運動を持っていないのだ。
しかも、この銀河はそれなりに大きい。質量は太陽の数百億倍にあたると推定されている。現在の宇宙では、これほどの質量を持つ銀河はほぼ例外なく回転している。若い宇宙に存在する大型の「静止銀河」は、これまでほとんど見つかっていなかった。
回転が「消えた」のか、それとも「最初からなかった」のか
ここが、研究者たちが頭を悩ませている部分だ。
現在の宇宙にも、回転のほとんどない「楕円銀河」というタイプが存在する。楕円銀河は、二つ以上の銀河が衝突・合体を繰り返した結果できると考えられている。衝突の際に、各銀河が持っていた回転の向きがバラバラだと、互いの角運動量が打ち消し合って、最終的に回転の少ない天体に落ち着く。
XMM-VID1-2075 が非回転な理由として、いくつかの仮説が挙がっている。
一つは「早期の大規模合体」説だ。宇宙誕生から18億年という短い時間のうちに、すでに複数の銀河が激しく合体を繰り返した結果、角運動量が相殺されたというシナリオ。現在の宇宙でも起きていることだが、これほど早い時期にこれほど大規模に起きたとすれば、それ自体が宇宙の構造形成モデルに大きな問いを投げかける。
もう一つは「最初からガスの供給方向がバラバラだった」説だ。銀河を育てるガスが、宇宙の糸(フィラメント)と呼ばれる大規模構造から、さまざまな方向で流れ込んできたとすれば、最初から一定の回転方向が生まれにくかった可能性がある。
どちらのシナリオも、まだ仮説の段階だ。確認には、同時期の宇宙でより多くの非回転銀河が見つかるかどうか、そしてその分布パターンを調べる必要がある。
JWSTだから見えた世界
この発見を可能にしたのは、JWST の圧倒的な観測能力だ。
120億光年という距離は途方もない。地球を出た光が、120億年かけてようやく届く距離だ。そこにある銀河の光は、地球に届くころにはごく薄く、しかも宇宙の膨張によって引き伸ばされ、赤外線へとシフトしている。
ハッブル宇宙望遠鏡では、こうした遠方銀河の内部の動きを細かく調べることは難しかった。JWST の近赤外線分光器(NIRSpec)は、銀河内部のガスや星それぞれの動きのわずかな速度差を、遠方でも検出できる解像度を持っている。「この銀河が回転しているかどうか」を、120億光年先から判定できる。それがどれほど精密な観測か、ちょっと考えるだけで気が遠くなる。
2022年の科学運用開始以来、JWST は初期宇宙の常識をいくつも覆してきた。予想より明るすぎる早期銀河、予想より早く「できあがった」銀河、そして今回の「回転していない」銀河。どれも、これまでの宇宙の形成理論が十分でないことを示唆している。
銀河の「常識」が変わりつつある
XMM-VID1-2075 の発見が特に重要な理由は、単に「珍しい天体が見つかった」というだけではない。
初期宇宙における銀河の形成プロセス全体を再考させるきっかけになりうる、という点だ。現在の標準的な宇宙論モデル(ΛCDM モデル)では、暗黒物質(ダークマター)がまず引力で集まり、そこにガスが落ち込んで銀河が育つとされている。このプロセスでは、ほぼ必然的に銀河は回転を持つと予測される。
しかしこの銀河は、そのシナリオから外れている。もしこういった非回転銀河が初期宇宙に一定数存在するなら、モデルが何かを見落としているか、銀河形成に別のメカニズムが関わっているか、どちらかになる。
研究チームは今後、同時期の宇宙でほかに非回転銀河がないかを系統的に探す計画を立てている。一例が「例外」を示すのか、それとも一定の割合で存在する「別の型」を示すのか。そこが、この発見の真の意味を決める分岐点になる。
静止した銀河が語るもの
138億年の歴史を持つ宇宙のなかで、XMM-VID1-2075 が存在した時代は、まだ宇宙が「若造」だったころだ。
その時代に、すでに何百億もの太陽を抱える大型銀河が存在し、しかも回転していなかった。これは正直、想像のしにくい話だ。天文学者たちも「こういう天体がこの時代にあるとは思っていなかった」と率直に語っている。
宇宙を理解するとは、何百億年も前の光を受け取り、そこに書かれた「歴史の記録」を読み解くことだ。XMM-VID1-2075 の光が地球に届くまでに120億年かかった。JWST はその光をほんの数時間で解析し、銀河の動きを数値に変えた。
銀河がなぜ「静止」しているのかは、まだわからない。でも、わからないことがわかったことそのものが、宇宙の理解を一歩進める。そういう発見を積み重ねることで、私たちは宇宙の自己紹介に少しずつ耳を傾けることができる。