宇宙を十分に大きなスケールで眺めると、銀河は「ランダムに散らばっている」わけではない。
そのことは何十年も前からわかっていた。銀河は糸のような構造(フィラメント)に沿って並び、その交差点には銀河団という「結び目」がある。糸と糸に挟まれた広大な空間には、ほとんど何もない「ボイド(空洞)」が広がっている。この宇宙全体の網目模様を、研究者は「コズミックウェブ(宇宙の蜘蛛の巣)」と呼ぶ。
ただ、これまで見えていたのは比較的近い宇宙の話だった。宇宙誕生から数十億年以上が経った「大人の宇宙」の話だ。若い宇宙、宇宙誕生直後の10億年ほどの間にこの骨格がどう育ったのかは、靄がかかったままだった。
2026年、JWSTが16万4000個の銀河を観測して作り上げた地図が、その靄を晴らした。
宇宙は「泡」でできている
コズミックウェブの話を理解するには、まず宇宙の大規模構造がどういう形をしているかを知る必要がある。
肉眼で夜空を眺めると、星は比較的均一に広がって見える。ところが、もっとずっと遠くを、銀河という単位で見渡すと、景色は一変する。銀河は集まりやすい場所と、まったくいない場所に、くっきりと分かれているのだ。
この分布パターンは、石鹸の泡を束ねたときに似ている。それぞれの泡の膜の部分にあたるところに銀河が密集し、泡の内側には何もない。宇宙全体の体積の70〜80%はこのボイドが占めているが、宇宙にある質量の大部分はフィラメントと銀河団に集まっている。
なぜこんな構造になったのか。答えはビッグバン直後まで遡る。
宇宙誕生のごく初期、空間のあちこちにわずかなムラがあった。密度が少し高い場所では重力が強く、周囲の物質を少しずつ引き寄せ始める。物質が集まれば重力が増し、さらに周囲を引き寄せる。これが138億年かけて増幅した結果が、いまのコズミックウェブだ。
ただしこの「増幅」のプロセスの主役は、見えている物質ではない。正体不明の暗黒物質(ダークマター)が先にフィラメント状の骨格を作り、そこに普通の物質が流れ込んで銀河が生まれる、というのが現在の有力な理解だ。コズミックウェブの地図は、実はダークマターの骨格を間接的に見ている地図でもある。
COSMOS-Web:16万4000銀河のカタログ
今回の成果の中心にあるのは、JWSTの「COSMOS-Web」と呼ばれる大規模サーベイプログラムだ。
「サーベイ」とは、特定の天体を狙うのではなく、ある空域を系統的にくまなく観測するスタイルのこと。COSMOS-Webは、おとめ座の方向にある0.54平方度の空域(満月の面積の約2枚分)を、JWSTの近赤外線カメラ(NIRCam)と中間赤外線装置(MIRI)で丹念に撮影した。
この領域で検出された銀河の数は16万4000個。そのひとつひとつについて、どれくらい遠いか(赤方偏移)、どれだけ重いか、どんな形をしているかが記録された。
これほどの数の銀河を1枚の地図にまとめたとき、初めてわかったことがある。コズミックウェブの「糸」は、宇宙誕生後わずか10億年の時点でも、すでにはっきりと存在していた。
宇宙がたった10億年しか経っていない段階で、銀河はすでにランダムには並んでいなかった。フィラメントに沿って密集し始め、その交差点には大型の銀河団の種が育ちつつあった。そのことが、この地図から初めて統計的に示された。
これは正直、ちょっと驚きだった。「宇宙の骨格は少しずつ出来上がっていくものだ」という直感的なイメージに対して、「10億年でもう網目がある」というのは、構造形成のスピードが予想より速いことを意味しているからだ。
赤方偏移という「時間の尺度」
ここで少し補足しておきたい。「宇宙誕生後10億年まで遡れた」という意味を正確に伝えるために、「赤方偏移」という言葉の話をする。
宇宙は今も膨張し続けている。遠くにある銀河ほど、より速い速度で私たちから遠ざかっている。遠ざかる物体から発せられた光は、波長が伸びて赤い方向にシフトする。これが「赤方偏移」だ。
銀河の赤方偏移を測れば、その銀河が光を発したときの宇宙の膨張具合がわかる。そこから「この光が発せられたのは、宇宙誕生から何億年後か」という距離(時間)が計算できる。
JWSTの強みは、ハッブル宇宙望遠鏡では届かなかった高赤方偏移帯、つまり「より古い宇宙」の銀河を観測できる点だ。宇宙が膨張によって引き伸ばした光は赤外線になるが、JWSTはまさにその赤外線を得意とする望遠鏡として設計されている。
COSMOS-Webが16万4000個の銀河の赤方偏移を一気に確定させたことで、「どの銀河がどの時代に属するか」が地図上に色分けされた。そのグラデーションが、コズミックウェブの成長を時系列で追えるデータになっている。
フィラメントがある場所では銀河形成が早い
この地図から、もうひとつ重要な発見が出てきた。
フィラメントの上にある銀河と、ボイドの縁にある銀河とでは、成長の仕方が違うということだ。フィラメント上の銀河は、孤立した銀河よりも早く成長し、より大きな質量に達する傾向がある。
これは直感的に納得できる話でもある。フィラメントはダークマターと普通の物質が高密度で流れる「幹線道路」のようなものだ。そこにいる銀河は、周囲から物質を継続的に供給され、燃料が豊富な環境に置かれている。ボイドの縁に孤立している銀河は、そもそも周囲の物質密度が低く、食べ物が少ない。
今回の地図は、このフィラメント効果を「宇宙誕生後10億年」という若い宇宙の時代から確認することに初めて成功した。つまり、ゆりかごの中にいる段階から、場所が銀河の行く末を左右していたことが示された。
宇宙は、どこに生まれるかで大分、運命が変わる。そんな話が、16万4000の銀河のデータから浮かび上がってきた。
「骨格」はいつ生まれたのか
残る問いがある。コズミックウェブの骨格は、いつ生まれたのか。
今回の地図は宇宙誕生後10億年まで遡ることができたが、それより前の時代については今回のデータだけでは追えない。宇宙誕生から10億年以内、すなわち「最初の銀河が生まれ始めた時代」に、すでにフィラメントの種があったかどうかは、さらに遠方の観測が必要だ。
現在の理論(ΛCDMモデル)では、ダークマターのフィラメントは宇宙誕生からごく初期に形成され始め、普通の物質はその後に流れ込んでくると予測している。今回の地図は、この予測と大まかには合致している。
ただ、細部では理論との「ずれ」も見えつつある。フィラメント上の銀河成長スピードが理論の予測より速い傾向があるという初期的な分析もあり、現在のモデルが現実を完全に再現できているとは言えないかもしれない。
この点については、今後より高赤方偏移の銀河のデータが蓄積されるにつれて、議論が深まるだろう。COSMOS-Webのデータはまだ完全には解析が終わっていない。地図はあっても、そこに書かれた意味をすべて読み終えるには、もうしばらく時間が必要だ。
宇宙の「住所」を語れるようになるということ
この研究が持つ意味を、少し引いた視点で考えてみたい。
かつて、宇宙に銀河がいくつあるかさえわかっていなかった。20世紀初頭のアメリカでは、「天の川の外に銀河があるかどうか」自体が大論争のテーマだった。いまでは1兆個以上の銀河が宇宙に存在すると推定されている。
コズミックウェブの地図は、その「銀河の住所録」のようなものだ。ある銀河がどのフィラメントに属しているか、どんな銀河団のそばにいるか、どのボイドに面しているか。それがわかれば、その銀河の歴史をより正確に予測できる。
16万4000という数は多いように聞こえるが、宇宙全体の銀河の数に比べれば砂浜の砂の一粒にも満たない。それでも、その一粒一粒の位置関係を丁寧に記録することで、宇宙全体の骨格が浮かび上がってくる。
宇宙を「理解する」というのは、究極的にはこういう地道な仕事の積み重ねだと思う。138億年かけて出来上がった構造を、たった数年の観測で読み解こうとしている。それ自体が、なかなかすごいことではないか。
JWSTの運用寿命はあと10年以上あると見込まれている。COSMOS-Webの解析はこれからが本番だ。宇宙の骨格のさらに深い層が、これから少しずつ明かされていく。