滝沢というのが、まことに頑固な寿司屋で、商店街の「鯛よし」を三十年ひとりで回してきた。

回転寿司である。カウンター十二席、レーンは一周ちょうど三分。ネタは毎朝、隣町の漁港から仕入れる。チェーン店には負けるが、酢飯の具合にはなんとなく自信があった。もっとも、客のほうは年々減っていて、平日の昼はカウンターの半分も埋まらない日がしばしばだった。

異変が起きたのは四月の半ばである。

レーンの、ちょうど七番席の前あたりで、皿が止まるようになった。ベルトの一か所がどうやら引っかかっているらしい。流れてきた皿がそこでぴたりと止まって、三十秒ほどじっとしてから、思い出したようにまた動きだす。

滝沢はこれが気に入らなかった。

「回転寿司が回ってないんじゃ、看板に偽りだろ」

修理を頼んだ。業者の木下というのが、まだ若い男で、ベルトの裏をのぞきこんで首をかしげた。

「ギアの歯が一個、欠けてますね。部品取り寄せで二週間です」

「二週間も回らないのかよ」

「いや、回りますよ。ただあそこだけ、ちょっと止まる」

滝沢は渋々待つことにした。

ところが、である。

三日後、常連の宮本のおばあちゃんが、七番席を指差して言った。

「滝沢さん、あの席がいいんですけど」

宮本さんは八十二歳、週に三回は来てくれる上客である。ふだんは入口に近い二番席に座る人だった。

「七番は……いま、ちょっとレーンの調子が」

「知ってますよ。お皿が止まるんでしょう。あれがいいの」

理由を聞いて、滝沢はぽかんとした。

「目が追いつかなくてねえ。流れてくると、えっと、どれにしようって迷ってるうちに通りすぎちゃうの。あそこだと止まってくれるから、ゆっくり選べるでしょう」

なるほど、とは思ったが、それはつまり自分の店のレーンが速すぎるということだろうか。いや、そういう問題ではない。レーンの速度は業界標準の分速四メートルだ。たぶん。

翌週、もっと奇妙なことが起きた。見たことのない若い女性が、スマホを構えて七番席に座った。

「これ、SNSで見たんですけど。回転寿司なのに止まる寿司、みたいな」

滝沢はこめかみを押さえた。どうやら宮本さんが孫に話し、孫が写真を撮り、それがどこかに載ったらしい。

「回転しない回転寿司」という投稿には、ちなみに三百件の「いいね」がついていた。滝沢は見ていない。見たくもなかった。

一週間で七番席は予約制になった。予約制の回転寿司というのも妙な話だが、そうせざるをえなかった。止まった皿の前で写真を撮る客、動画を回す客、止まった瞬間に箸を伸ばす「タイミング寿司」なるゲームまで生まれた。

木下から電話が来た。

「部品届きました。いつ伺います?」

「ああ」と滝沢は言った。「来てくれ」

直した。ギアの歯を入れ替え、ベルトをきっちり張り直した。レーンはふたたび淀みなく回った。皿は七番席の前も素通りした。

その日の客は、三人だった。

翌日も似たようなものだった。宮本さんは来なかった。SNSの客も来なかった。カウンターには、部品交換前と同じさびしい空気が戻っていた。

三日目の閉店後、滝沢はレーンの裏ぶたを開けた。

新品のギアの歯を一枚、ペンチで折った。

翌朝、レーンは回り始め、七番席の前で、皿がぴたりと止まった。

十五分後、「あの席」に宮本さんが座った。