宇宙空間の「何もない場所」が、実はいちばん人気の物件だったりする。
JWST(ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡)のいる場所を聞いたことがある人は多いと思う。地球から約150万km離れた、何もない虚空。月までの距離の4倍ほど向こう側だ。あんな遠くに持っていくくらいなら、ハッブルみたいに地球のそばに置いたほうがよくないか?と思ったことはないだろうか。
正直、私も最初はそう思った。でもこの「何もない場所」には、れっきとした名前がある。ラグランジュ点のL2という、宇宙の駐車場の特等席だ。
駐車場としての宇宙、という発想
人工衛星の話をするとき、普通は「軌道」を語る。地球を回る円や楕円のうえで、ぐるぐる動き続ける乗り物。GPSだって気象衛星だって、みんな軌道にいる。
でもラグランジュ点にいる探査機は違う。厳密には地球や太陽のまわりをゆっくり動いてはいるけれど、感覚的には「太陽と地球に対して、同じ場所に止まり続けている」。
地球と一緒に太陽を1周する。12か月かけて。ぶつからないし、離れていかない。まるで巨大な駐車場に停めてある車のようだ。
この仕組みを発見したのが、18世紀の数学者ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ。物理的には、太陽と地球という2つの重力源がせめぎ合うなかで、遠心力まで含めて「力がちょうど釣り合う」点が5つあると彼は計算で示した。それがL1からL5まで。
地図を見てもらうと、これがどこにあるかよくわかる。
L1とL2──太陽と宇宙を、それぞれ覗き込む
5つあるラグランジュ点のうち、実用的によく使われているのはL1とL2の2つ。どちらも地球から約150万km、ちょうど地球と太陽を結んだ直線の上にある。
L1は太陽側に150万km、L2は反対側に150万km。間に地球があって、その前後に同じ距離の駐車場が並んでいるイメージだ。
この2つがなぜ特等席なのか。目的によって使い分けられているところが面白い。
L1は太陽を常時ガン見できる場所。地球がじゃまにならず、年中無休で太陽を観測できる。ここに置かれているのがSOHO(太陽・太陽圏観測衛星)やDSCOVR。太陽フレアや太陽風を、地球に届くより先に検知する仕事をしている。いわば太陽のリアルタイム監視カメラだ。
L2は逆に、太陽・地球・月をまとめて背中に置ける場所。つまり視界のうしろ半分がまとめて隠れる。冷たくて暗い方角だけを見たい望遠鏡にとっては夢のような場所で、だからJWSTはここにいる。赤外線観測をするためには、自分自身が冷えていないといけない。太陽光や地球の熱が邪魔になるから、「太陽から目をそらせる」のが大きな利点なのだ。
JWSTの隣には、暗黒エネルギーの正体を探るEuclid(ユークリッド、欧州宇宙機関 ESAが2023年に打ち上げ)や、銀河系10億個の星の地図を作るGaiaも停まっている。ちょっとした宇宙望遠鏡の駐車場コミュニティができあがりつつある。
なぜ5つなのか──重力と遠心力の綱引き
ここでちょっと疑問がわく。「力がちょうど釣り合う点」がなぜ5つもあるのか。
答えを先に言うと、回転する系で釣り合いを考えると、力の向きが複雑になるからだ。
太陽と地球だけの重力を単純に足すなら、釣り合う場所は地球と太陽の間にある直線上の一点しかない。ところが、地球は太陽のまわりを回っているので、そこに乗っている気分で考えると「遠心力」というニセの力が加わる。この遠心力は外向きだ。
遠心力まで含めて釣り合いを探すと、直線上に3点(L1/L2/L3)、それに加えて地球の公転軌道上で60°前方と60°後方に1点ずつ(L4/L5)、合計5点になる。数式で解くと本当にそうなる。
L4とL5は少し不思議な場所だ。地球の公転軌道に乗ったまま、地球の少し前と少し後ろを一緒に進んでいる点。ここに何かを置いておくと、ずっと地球と追いかけっこを続ける。
「停めやすさ」が駐車場ごとに違う
ラグランジュ点が5つあるといっても、使い勝手は同じではない。ここがこの話のいちばん面白いところだ。
L1・L2・L3は、数学的には釣り合いの点だけど、ちょっと押されると転がり落ちる。山の尾根の上にボールを置くようなもので、厳密にはバランスが取れていても、少しでもズレると戻ってこない。
一方、L4とL5は違う。ここはすり鉢の底になっている。多少ずれても、自然と元の位置に戻ろうとする。重力と遠心力の合成が、ちゃんと「引き戻す向き」に働くのだ。
ここで自然界は正直で、安定なL4・L5には勝手にモノが集まる。木星のL4とL5には「トロヤ群」と呼ばれる小惑星が数千個たまっていて、ギリシャ神話の登場人物の名前がついている。太陽系が生まれて46億年のあいだに、通りかかった岩が底に転がり込んで出ていけなくなった、というわけだ。
逆にL1・L2に停めてある望遠鏡たちは、放っておくと流れていってしまう。だから定期的に少しずつ燃料を吹いて、位置を調整し続けている。
この燃料がなくなると、望遠鏡は駐車場から追い出される。JWSTの運用寿命が「20年くらい」と言われているのは、この燃料が切れるタイミングのことだ。望遠鏡本体が壊れるわけじゃなくて、駐車場代が払えなくなるような話といえる。
停めてみたらどう見えるのか
具体的に、どの駐車場にどんな探査機が停まっているのかを整理しておく。
L1の住人、SOHO(ソーホー)は1995年打ち上げの長寿命衛星。30年以上ずっと太陽を見続けていて、6000個以上の彗星を副産物として発見してしまったことでも有名だ。本来は太陽観測衛星なのに、画面の隅を彗星が通り過ぎるのを市民科学者たちが見つけてしまう。
L2の主役はやはりJWST。2021年末に打ち上がって、L2への到着まで30日かかった。150万kmというのは時速100kmで走っても170年以上かかる距離なので、宇宙船としてはかなり遠方への引っ越しだったことになる。
L3は太陽のちょうど向こう側で、地球からはずっと太陽に隠れている場所。通信が届かないので現実のミッションはない。ただしSF作品では「L3に隠れた惑星X」みたいな設定がよく使われる。実際にはそんな星はないことが、70年代のヘリオス探査機や現代の観測でほぼ否定されている。
L4・L5は未来の候補地だ。太陽観測をステレオ視できる場所として、NASAのSTEREO探査機がかつて通り過ぎた。将来、スペースコロニーを建てるならL5がいい、という構想は1970年代から繰り返し語られている。今のところ人類の建物はないが、「宇宙の住居地としての潜在性」はいちばん高い。
駐車場の話、ではあるけれど
改めて考えると、ラグランジュ点というアイデアは、ちょっと不思議な発想だ。
18世紀にラグランジュが計算で示したとき、宇宙に物を送る技術なんてもちろんなかった。紙の上の数学的な興味として、「3つの天体が関わるときの力の釣り合い」を解いたら、こういう場所があると出てきた。彼自身も、まさか250年後に人類が本当にそこへ望遠鏡を停めにいくとは思っていなかったはずだ。
今、JWSTが見せてくれる130億年前の銀河の写真は、この「紙の上の場所」に置かれた望遠鏡が撮っている。宇宙で静止できる特等席を数学が予測し、人類がそこに高価な機材をわざわざ運んでいって、宇宙のいちばん遠くを眺めている。
物理って、ときどき詩的だなと思う。
ちなみに、日本も2025年にESA・JAXA共同ミッション「SMILE」(太陽風と磁気圏の相互作用を観測する衛星)を打ち上げようとしているが、これは楕円軌道を使う計画で、ラグランジュ点には行かない。全部が全部L1/L2に置かれるわけじゃない。適材適所で、宇宙の駐車場は使い分けられている。
次にJWSTのニュースを見かけたら、その画像が「何もない虚空」から撮られたものだと思い出してほしい。そこは、数学的にだけ存在していた特等席だ。