ロケットの写真を眺めていて、ふと気になったことはないだろうか。発射直後にボロッと落ちていく、あの下半分。それから切り離されて海に捨てられる中段。最終的に衛星を置いたら、先端だけが役目を終えて再突入して燃え尽きる。

ほとんど全部が使い捨てだ。工場で何年もかけて作られた機械を、一回飛ばして終わらせている。旅客機に例えれば、羽田から関空に一回飛ばすごとに機体を解体するようなもので、よく考えるとすごい産業だ。

SpaceXのスターシップは、この当たり前をひっくり返そうとしている。下段も上段もほぼそっくり戻してきて、もう一度飛ばす。2025年にはその試験が少しずつ形になってきた。2026年からは、Block 3と呼ばれる第2世代機が実戦投入に入ろうとしている。

スターシップの概念図

いったい何がそんなに難しくて、なぜそれが「宇宙輸送を変える」とまで言われているのか。少し順番に見ていきたい。

ロケットを捨てる時代がなぜ長く続いたのか

そもそも、なぜ今までロケットは使い捨てだったのか。ここを押さえないと、スターシップの何が革命なのか実感がわかない。

ロケットというのは、とにかく軽く作らなきゃいけない乗り物だ。自重が重いほど運べる荷物が減るから、壁はペラペラに薄く、タンクはぎりぎりまで攻めた設計になっている。そこに超低温の液体燃料を満たし、猛烈な振動と温度差にさらして、秒速7.8kmまで加速する。

上まで打ち上げたら、今度は大気圏に戻ってくる必要がある。このとき機体は秒速7kmを超える速度で空気にぶつかる。空気との摩擦で表面は1,500度を超え、たいていの金属はフニャッと曲がる。

だから再使用は、技術的にも経済的にも釣り合わないとずっと考えられていた。帰ってこさせるための燃料や耐熱材を載せると、肝心の荷物が減る。ならば捨てた方が合理的、というのがロケット業界の常識だった。

スペースシャトルは一応、オービター(機体)を戻して使っていたけれど、戻す前の大きなオレンジのタンクは毎回使い捨て。整備コストも膨大で、1回飛ばすのに約450億円かかっていた。結局2011年に退役した。

ファルコン9が証明した「下段だけ戻す」

この常識を最初に崩しに来たのが、同じSpaceXのファルコン9だった。

ファルコン9は2段式で、下段(ブースター)だけを垂直着陸で戻してくる。上段は捨てる。半分だけの再使用だが、ロケット業界にとっては衝撃だった。特にコストの大部分は下段のエンジン群に集中しているから、ここを戻すだけでも打ち上げ費用はどんどん下がった。

2015年に初めて着陸に成功してから、いまやファルコン9のブースターは20回以上繰り返し飛ぶものもある。衛星通信網のスターリンクが大量展開できているのも、この下段再使用のおかげだ。

使い捨て型ロケットと再使用型の違い

ただ、それでも上段は毎回捨てている。しかも地球低軌道までは行けるが、月や火星まで大量の荷物を運ぶには力不足だ。そこでSpaceXは、「全部戻す、もっと大きいやつ」を新しく作ることにした。それがスターシップ。

スターシップの異常なサイズ感

スターシップの話で最初に面食らうのは、そのでかさだ。

下段のスーパーヘビーと、上段のスターシップ本体を合わせた全長は約121m。アポロを打ち上げたサターンV(110m)よりまだ高い。直径9m、打ち上げ時の重量は約5,000t。現役ロケットでは世界最大、有人宇宙飛行に使われる乗り物としても過去最大級。

推進力にも度肝を抜かれる。下段のラプターエンジンは33基並んでいて、離昇時の合計推力は約7,600tf(トン重相当)。これはサターンVの約2倍、ファルコン9の10倍以上に相当する。

スターシップのサイズ比較

なぜここまで大きくする必要があるのか。答えは単純で、再使用できる部分を増やすと、その分の重さをどこかで背負わなきゃいけないからだ。着陸用の燃料、耐熱タイル、誘導システム、着陸脚。これを全部載せてなお、十分な荷物を運ぶには、機体そのものを巨大化するしかない。

搭載可能な貨物は、使い捨てモードなら250t、完全再使用モードでも100〜150tとされている。ちなみにISSの重量は約420tなので、ISSを3回で丸ごと運べる勘定になる。ここまでくると別ジャンルの乗り物だ。

「箸で捕まえる」着陸方式

スターシップの再使用で一番有名になったのが、下段スーパーヘビーの帰還方法だ。

普通の再使用ロケット(ファルコン9)は、着陸脚を地面に伸ばして垂直着陸する。しかしスターシップは、発射台そのものに帰ってくる。発射台の両側に伸びる「メカジラ」と呼ばれる巨大な腕が、落ちてくる下段を空中でがっしりつかまえるのだ。

初めて映像を見たとき、正直これを本気でやる人たちがいるのかと思った。時速1,000km近くで落ちてきた高さ70mの建造物を、ピンセットで捕まえるようなスケール感だ。

スーパーヘビーの着陸と「メカジラ」

なぜこんな曲芸めいたことをするのか。これも合理的な理由がある。着陸脚を下段に搭載すると、その重さと装置の分だけ運べる荷物が減る。発射台側に受け止める仕組みを置けば、機体は構造がシンプルになり、次の打ち上げも同じ発射台で短時間でできる。

実際に2024年の5回目試験で、この「箸キャッチ」は成功した。人類がロケット開発で見せた映像のなかでも、屈指に異質な瞬間だったと思う。

第2世代機Block 3が向かっているもの

2025年のスターシップは、5回の全機飛行試験を実施した。うち2機は無事に着水までこぎ着け、3機は途中で失われた。新しい機体は、飛ばして壊して直す、を短いサイクルで繰り返している。

2026年から投入されるのが、Block 3と呼ばれる第2世代機だ。従来機より上段が少し長くなり、エンジンの推力も上がり、耐熱タイルも改良される。最初のBlock 3飛行は2026年3月ごろが目標とされている。

そして後半の計画には、もう一つ大きな節目がある。アルテミス計画の月面着陸機「Starship HLS」として、月を目指す機体の投入だ。NASAはアルテミスIIIの月着陸船として、このHLSを契約している。

ここが重要なところで、スターシップは単なる新型ロケットではなく、NASAの有人月探査の中心装置にも組み込まれている。何本も束ねることで燃料タンカーにもなり、月の表面にも降りる。一つの設計を多用途に使う、という発想そのものが新しい。

使い捨てない、が意味すること

ここまで読んで、なぜここまでして再使用にこだわるのか、と思った人もいるかもしれない。答えは、価格と頻度の問題だ。

現在の標準的なロケットで100kgの荷物を地球低軌道に運ぶと、おおよそ2,000万円かかる。スターシップが想定通りに再使用を回せれば、同じ100kgが将来的に数十万円、一桁二桁安い世界になると言われている。

価格が下がると、宇宙に荷物を送る発想そのものが変わる。いまは精密に計算した衛星を一基ずつ慎重に打ち上げているが、安くて大きな輸送手段があるなら、工場で量産した衛星を定期便でドサッと送る方が速くて安い。

月や火星にいたっては、いまは「一度行くのに国家予算」レベルだ。スターシップが定期的に飛ぶようになれば、月の拠点に資材を輸送することが現実的になる。Gatewayや有人月面探査が止まらずに続けられる前提は、だいたいこの輸送コストの低下に頼っている。

つまり、「ロケットを使い捨てない」というのは、単に1つの機体を大事に使うという話ではなくて、人類が宇宙にどのくらい頻繁に物を運べるか、という全体の天井を数桁動かす話なのだ。

まだ誰も成功していない、という事実

ここまで書いておいてなんだが、スターシップはまだ一度も完全な再使用サイクルを達成していない。下段を戻すのには成功しつつあるが、上段のスターシップ本体を大気圏に戻し、無傷で回収し、また飛ばすところまではいっていない。

上段の回収は下段よりはるかに難しい。地球の周回軌道からそのまま大気圏突入するため、速度と熱がまるで違う。機体を守る耐熱タイルが数百枚も剥がれたり、構造が歪んだり、開発は試験ごとに教訓を積み上げている状態だ。

でも、そこに向かっていくスピードはちょっと異常だ。普通の航空宇宙開発は10年単位で慎重に進むのに、SpaceXは試作機を作って飛ばして壊して、を数ヶ月サイクルで回している。Block 3への移行はその延長にある。

この先2〜3年のうちに、上段の回収と再飛行まで到達するかどうか。もし到達したら、人類史で初めてロケット全体が「便」になる。そのとき宇宙への行き方は、本当に新幹線みたいに当たり前になりはじめる。

上を見上げて「そろそろ次の便かな」と呟く日が、ひょっとしたら案外早く来るのかもしれない。