行き先を決めないまま、探査機を打ち上げる。そんな計画が本当に動いている。

ヨーロッパ宇宙機関(ESA)が進めるComet Interceptorは、訪ねる相手の彗星がまだ見つかっていないうちに宇宙へ出る。打ち上げは2028年後半から2029年前半の予定。目的地は、そのときになっても「未定」のままだ。

ふつう探査機は、行き先を決めてから飛ぶ。相手のいない出発が、なぜ成立するのか。

従来の探査は相手を決めてから飛ぶが、この探査機は先に飛んでから相手を待つ

探査機はいつも「相手を決めてから」飛んでいた

彗星に探査機を送る、と聞いて多くの人が思い浮かべるのはロゼッタだろう。ESAのこの探査機は、67P(チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星)という具体的な目的地を決めてから打ち上げられた。長い旅の末にその彗星へ追いつき、着陸機まで下ろしている。

ここが肝心なところで、行き先が先に分かっていた。だから軌道を精密に計算し、何年もかけてピンポイントで追いつく段取りが組めた。

探査機の設計とは、要するに「どこへ、どう届けるか」を詰める作業だ。相手が決まっていなければ、燃料の量も、いつ加速するかも決められない。

なのにComet Interceptorは、その大前提を外してくる。相手を決めずに出発するとは、いったいどういうことなのか。

本当に見たい彗星は、予告なしに来る

答えは、狙っている彗星の「性格」にある。

太陽系には、何度も太陽の近くを通ってきた彗星がたくさんある。数年から百年ちょっとの周期でぐるぐる回るタイプで、ハレー彗星などがそれにあたる。こういう彗星は軌道が分かっているので、いつどこに来るか予測できる。

だが、それらは太陽に近づくたびに表面を焼かれ、ガスや氷を吐き出してきた。言ってみれば、何度も使い込まれて変質した天体だ。

Comet Interceptorが本当に会いたいのは、そっちではない。太陽系のはるか外側から、生まれて初めて太陽のほうへ落ちてくる彗星のほうだ。

こうした彗星は、太陽系の外縁にあるとされる「オールトの雲」から来ると考えられている。太陽から地球までの距離の、何千倍から何万倍という途方もない遠さだ。そこでは氷も塵も、太陽系ができたころのまま、一度も熱で溶かされずに眠っている。

初めて太陽に来る彗星は、地球や海王星よりはるか遠くから落ちてくる

つまり46億年前の材料が、手つかずで冷凍保存されている。ESAはこれを「太陽系の夜明けから変わらない物質」と表現している。

問題は、この手の彗星がいつ現れるか誰にも分からないことだ。何千年、何万年に一度しか太陽に近づかないのだから、人類が観測を始めてから一度も見ていない相手がほとんどになる。望遠鏡がその姿を捉えるのは、たいてい太陽に近づくほんの少し前。そこから探査機を設計して打ち上げていたら、まったく間に合わない。

使い込まれた彗星と、生まれて初めて太陽に来る新鮮な彗星の違い

だから「先に出て、待つ」

そこで発想を逆にした。相手が現れてから走り出すのでは遅い。ならば、先に宇宙へ出て、待ち伏せしておけばいい。

イメージとしては、救急車を病院の車庫ではなく、事故が起きそうな街角にあらかじめ止めておくのに近い。通報が入ってから出動するより、現場のそばで待っているほうが速く着ける。Comet Interceptorも、いい彗星が見つかった瞬間にすぐ動けるよう、宇宙の待機点であらかじめ身構えておく。

打ち上げ後、探査機はその待機点でじっと待つ。狙える彗星が見つかるまで、何年も待ち続ける覚悟の設計だ。相手が決まったら、そこから軌道を選んで迎撃に向かう。

ここで少し立ち止まってほしい。目的地も、出発の時期も、旅の長さも、打ち上げの時点では白紙なのだ。

ふつうの探査計画なら「いつ着くか」を先に決める。この計画は「いつ来るか分からない相手を、いつまでも待つ」ことのほうを先に決めた。順番がまるで逆になっている。

一度きりのチャンスを、3方向から捕まえる

待ち伏せには、もうひとつ理由がある。初めて太陽に来る彗星は、当然ながら初めての通過だ。撮り直しはきかない。すれ違うのは一瞬で、そこで得られなかったデータは二度と手に入らない。

だからComet Interceptorは、1機ではなく3機で構成されている。母機が1機と、そこから切り離される子機が2機。合わせて10個の観測機器を積む。

この10個の機器は、彗星が吐き出す塵の粒や、まわりに広がるガスの成分、核をとりまく環境などを手分けして調べる役割を持つ。1機であれもこれもと測るのではなく、役割を3機に散らしておくことで、すれ違いの一瞬に取りこぼしを減らそうという狙いだ。彗星の立体的な姿を組み立てられるのも、離れた複数の視点から同時にデータを取れるからこそだ。

なぜわざわざ3つに分けるのか。彗星に近づいたら、母機と子機を別々の方向へ散らし、同じ瞬間の彗星を複数の角度から同時に観測するためだ。

一台のカメラで横から撮るだけでは、彗星の反対側で何が起きているか分からない。3機が別の位置から一斉にシャッターを切れば、太陽に照らされた面も陰の面も、一度のすれ違いでまとめて立体的に捉えられる。

一瞬のすれ違いを、三つの目で立体にする。使い込まれていない彗星の「素顔」を、初対面の一回で記録しきるための設計だ。

母機と2機の子機が彗星を別方向から同時に観測する

本命は、太陽系の外から来た石かもしれない

面白いのはここからだ。待ち伏せの対象は、太陽系生まれの彗星だけではない。

2017年、太陽系をものすごい速さで通り抜けていく細長い天体が見つかった。オウムアムアと名づけられたこの天体は、どの星の重力にも縛られておらず、別の恒星系からやってきて、そのまま去っていったと考えられている。2019年には、ボリソフという恒星間彗星も見つかった。

どちらも、遠くから望遠鏡で追いかけているうちに、あっという間に太陽系の外へ去ってしまった。姿を捉えたときには、もう探査機を送り込んで間近で調べる段取りを組む余裕は残っていなかった。人類はこの「よそ者」たちを、遠くから眺めて見送るしかなかったのだ。

だからこそ、あらかじめ待ち伏せておく意味がある。よその星系で生まれた物質が、時おり太陽系を素通りしていく。そのつど手をこまねいて見送ってきたからこそ、次は先回りしておきたい。

こうした恒星間天体も、Comet Interceptorの狙いに入っている。もし待機中に手ごろな一つが見つかれば、地球の探査機が初めて、他の星系から来た天体をその場で観測できるかもしれない。

ただし、こればかりは運次第だ。ちょうどいいタイミングで、ちょうどいい軌道の相手が来てくれるとは限らない。白状すると、私はこの「来るかどうかも分からないものを本命に据える」度胸のほうに、いちばん惹かれる。

空振りを覚悟して、それでも先に出る

相手が決まる前に飛ぶ以上、Comet Interceptorには空振りの可能性がついて回る。待っているあいだに理想的な彗星が現れなければ、次善の相手で妥協することもあり得る。

それでもこの計画は、待つことを選んだ。いい彗星が来てから準備を始めていては、永遠に間に合わないと分かっているからだ。相手の登場を待つのではなく、登場に備えて先に場所を取っておく。

この探査機は、ESAが主導し、日本のJAXAも加わった国際協力で進んでいる。2019年にESAの候補計画として選ばれ、その後に正式なミッションとして承認された。今まさに実機の準備が進んでいる。数年後、フランス領ギアナの発射場から、行き先を告げないまま一機の探査機が飛び立つことになる。

私たちが夜空でたまたま新しい彗星を見つけてニュースになる、そのずっと前から、宇宙のどこかで一機の探査機が、まだ見ぬ相手のために席を取って待っている。