ミナは毎晩、家でいちばん寒いすみっこに、ざぶとんを一枚しく。 「来る人の分」なのだ、とミナは言う。
すみっこは、大きな窓のま下にある。窓の外は、暗い船着き場だ。夜になると、そこだけ、すうすうと冷える。ちなみに、家じゅうでいちばん寒い場所だった。だれも取り合ったりしない。
それでも、ミナはそこがいいらしい。ざぶとんの角をきっちりそろえて、毎晩おなじ向きに直す。母の、色のあせたざぶとんだった。
「また、やってる」
姉のナオが、あきれた声を出した。ナオはもう十五で、そういうことはとっくに卒業した、という顔をしている。
「ねえミナ。だれも来ないってば。何回も言わせないでよ」
「来るよ」
「来ないの。もう半年、船なんか来てないでしょ」
「来たとき、すわるとこ、いるでしょ」
ミナはそれだけ言って、また角をそろえた。ナオは、なんとも言えない顔で台所へ行った。
近所の人は、ミナが何か、大したお客でも待っているのだと思っていたらしい。でも、そうではない。
母は、ずっと遠くの、氷の作場で働いている。そこから帰る船には、時こく表がない。決まった時間に来る、というものではないのだ。たまたま近くを通りかかった船が、気まぐれに寄ってくれる。それだけだ。船は自分の通り道を変えられないから、道がこっちを向いた時しか、寄れない。もっとも、その道がいつこっちを向くのかは、船の人にも、たぶんよくわかっていないのだろう。
だから母は、「あした帰る」とも「来月帰る」とも書けない。ミナが赤んぼうのころに一度、ナオが覚えているだけでも三度、母はふらりと帰ってきた。どれも、前ぶれなんかなかった。夜、暗い窓に、ぽつんと船の灯りがうつる。その灯りが家でいちばんはじめにうつるのが、あのすみっこの窓なのだった。寒いのは、外の暗がりにいちばん近いからだ。
その晩も、船は来なかった。
ミナはしばらく、ざぶとんのそばにすわっていた。それから、ふつうに歯をみがいて、ふつうに寝た。がっかりした様子もない。
ナオには、それがどうにもふしぎだった。
「ミナはさ」布団の中で、ナオは小さく聞いた。「来なかったら、悲しくないの」
「え?」
「だから、母さん。今日も、来なかったじゃん」
ミナは、ちょっと考えてから言った。
「来る日に、すわるとこ、あればいいもん」
「……来ない日は?」
「来ない日は、あけとくだけ」
ナオは、天じょうを見た。返す言葉が、うまく出てこなかった。
じつを言うと、あのすみっこにざぶとんをしいていたのは、昔はナオのほうだった。母が三度目に帰って、また出ていったあと、ナオはやめてしまった。待って、来ない。そのたびに、へこむ。もう、いやになったのだ。待たなければ、へこまない。だからナオは、「来やしない」と言うことにしていた。そう言っておけば、来なくても平気なはずだった。もっとも、平気なふりがいちばんくたびれる、というのは、口にしないでおいた。
つぎの晩、ミナが縁側に来ると、もう、ざぶとんがしいてあった。すみっこに、きっちり角をそろえて。ナオが、暗い窓のほうを見ていた。
「……たまたま、そこにあったから」
ミナは何も言わずに、となりにすわった。
その晩から、すみっこにざぶとんを先にしくのは、ナオのほうになった。船の来ない窓を、いちばん長く見ているのも。