2026年5月、スターシップの12回目の試験飛行(Flight 12)が準備されている。ただし、今回飛ぶのは「いつものスターシップ」ではない。V3と呼ばれるまったくの新型だ。
前の世代(V2)のマイナーチェンジだろう、と思うかもしれない。正直、自分も最初はそう考えていた。でも中身を見てみたら、かなり違う。エンジンが変わり、グリッドフィンの数が減り、発射台まで新しくなっている。何のためにそこまでやるのか。答えは「量産できるロケットを作るため」で、そこがこの話の一番面白いところだと思う。
エンジンが根本から変わった
V3の心臓部であるRaptor 3は、初代Raptorから数えて3世代目のメタン燃料エンジンだ。推力は1基あたり約280トン(tf)。初代が185tf、Raptor 2が230tfだったから、初代比で約50%増えている。
ただ、推力が増えたことだけが重要なのではない。もっと大きな変化は「配管が消えた」ことにある。
Raptor 1やRaptor 2では、ガスジェネレーターや配管がエンジンの外側にむき出しになっていた。打ち上げのたびに高温にさらされるから、1基ずつ金属のカバー(シュラウド)をかぶせて保護する必要があった。33基もあるブースターのエンジンに、ひとつずつカバーをつけて外して点検して、またつける。メンテナンスだけで膨大な時間がかかる。
Raptor 3では、外部に出ていた配管やガスジェネレーターをエンジン本体の内部に統合した。シュラウドが不要になり、エンジンの外観はすっきりした金属の塊になった。これは見た目の話じゃない。カバーの重量がなくなった分だけ機体が軽くなるし、再使用のときに外す部品が減る。つまり「次の打ち上げまでの準備時間」が短くなる。
燃焼室の圧力は280bar以上。ロケットエンジンの圧力は高いほど効率が良いが、壊れやすくもなる。SpaceXはここを材料技術と製造工程の改良で乗り越えたらしい。公式の詳細は多くないが、初代から部品点数を大幅に削減しているのは確かだ。
グリッドフィンが4枚から3枚になった理由
ブースターの上部についているグリッドフィン。大気圏を降りてくるときに機体の姿勢を制御する、あの格子状の翼だ。V2まで4枚だったのが、V3では3枚に減った。
減らして大丈夫なのか、と思うだろう。実は各フィンが50%大きく、強くなっている。3枚でも制御能力は変わらない。むしろ、取り付け位置を下げたことで、ホットステージング(上段を分離するときにエンジンを先に点火する方式)の排気熱にさらされにくくなった。
これも結局、メンテナンスの話に帰着する。熱でダメージを受けるフィンを毎回交換するのは、再使用の敵だ。壊れにくい位置に動かし、枚数を減らして点検箇所を少なくする。地味だけど、量産に向けた設計思想の表れだろう。
ホットステージの一体化
V2までは、上段と下段を分離するための「ホットステージリング」が別パーツとして取り付けられていた。分離のたびに消耗し、毎回検査や交換が必要だった。
V3では、このリングをブースター本体に統合した「ホットステージトラス」に変更した。ロシアのN1ロケットに似た構造だと言われている。排気がブースターの上部ドームに当たる設計で、そのドームには追加の鋼板が貼られている。
なぜわざわざこんな設計にするのか。答えは同じで、「着陸後にリングを外して点検する工程を丸ごと消す」ためだ。一体型なら取り外し作業がない。点検箇所が減る。次の飛行までの時間が短くなる。
推進系も再設計された
ブースターの推進系も、V3ではゼロから引き直されている。
メタンタンクが短くなり、液体酸素タンクが長くなった。推進剤の移送管も新設計で、33基のRaptor 3エンジンを同時に点火できるようになった。V2では順次着火だったのが、V3では一斉着火が可能だ。
これは打ち上げ時の効率だけでなく、着陸時のブーストバック燃焼にも関係する。内側の10基を同時に再点火して制動をかけられるようになり、着陸精度が上がるらしい。ブースターを発射台のアーム(通称「メカジラ」)でキャッチするには、誤差数十cmの精度が必要だ。推進系の信頼性向上は、ここに直結している。
もうひとつ。新しい推進系では、後部の密閉空間が減った。V2では推進剤の漏れが溜まりやすい構造になっていて、それが爆発リスクの一因だった。V3はそのリスクを構造レベルで潰している。
LEOへ100トン超を運ぶ
V3のペイロード(積載量)は、再使用モードでLEO(低軌道)に100トン以上。使い捨てモードなら約200トン。V2の再使用モードが約35〜40トンだったから、ざっくり2.5倍以上に跳ね上がっている。
この差はどこから生まれるのか。エンジン推力の向上、機体の軽量化、推進剤タンクの容量増加。全部が効いている。とくに重いのは「シュラウドの廃止」と「グリッドフィンの削減」による乾燥重量の低下だ。ロケットの世界では、機体が1kg軽くなると積荷が数kg増やせることがある。小さな改善が掛け算になる。
100トンをLEOに運べると何が変わるか。たとえばStarlinkの衛星を一度に数十基まとめて放出できるし、月面への物資輸送も1回のフライトで大量にこなせる。火星に人を送るには何度も軌道上で燃料を補給する必要があるが、燃料タンカーの往復回数も減る。
新しい発射台から飛ぶ
Flight 12は、スターベースに新設されたPad 2(OLM-B)から打ち上げられる。V3用に設計された発射台で、メカジラのキャッチアームの応答速度が改善され、推進剤の充填速度も上がっている。
2つの発射台が稼働するということは、1基が発射後のメンテナンス中でも、もう1基から打ち上げられるということだ。SpaceXが目指す「月に何回も飛ばす」運用には、複数の発射台が必須になる。
水の放出による音響・熱防護システムも強化された。V3はV2より推力が大きいから、発射台にかかる負荷も増える。Flight 11までの経験がフィードバックされた結果だろう。
「改良」ではなく「量産設計」
V3の変更点をひとつずつ見ていくと、ほぼすべてが「次の飛行までの準備を減らす」方向を向いていることに気づく。
エンジンカバーをなくす。グリッドフィンの数を減らす。ホットステージを一体化する。密閉空間を減らして漏れリスクを潰す。推進剤の配管をシンプルにする。
これはロケットの性能を上げるための改良というより、「同じ機体で何十回、何百回と飛ばすにはどうすればいいか」を突き詰めた結果の設計だ。
航空機との比較がよく持ち出されるが、旅客機が1日に何便も飛べるのは、フライトの合間に機体を分解しないからだ。ロケットが再使用を目指すなら、同じことをやらないといけない。V3は、そのための「分解しなくていい構造」を真正面から設計した最初のロケットかもしれない。
もちろん、Flight 12はまだ試験飛行だ。2026年5月の初打ち上げは天候や技術的理由で延期を繰り返している。V3がすぐに月に何十回も飛ぶわけではない。でも設計思想のレベルで、「試作品」から「量産品」へ明確に舵を切ったのは事実だと思う。
宇宙輸送のコストが桁で下がれば、月面基地も火星有人探査も「やるかやらないかの問題」から「いつやるかの問題」に変わる。V3はその転換点に立っているロケットだ。