俺の店のラーメンは、三年前とは別物になった。

麺は最初、太縮れだった。開業から八ヶ月目に、スープとの絡みが甘いと気づいて中太ストレートに切り替えた。翌年、製麺所ごと変えた。加水率を3%下げて、小麦をブレンドに変更。常連の宮本さんが「なんか違う」と言ったが、俺は「気のせいっすよ」と答えた。気のせいじゃないことは知っていた。

スープもだ。初代は豚骨白湯に煮干しを足すダブルスープだった。二代目で煮干しをやめて鶏ガラに変えた。三代目ではそもそも豚骨の比率を半分にして、鶏白湯ベースにした。

ちなみにチャーシューも、肩ロースから豚バラの低温調理に替え、さらに今は鶏むね肉になっている。つまりスープに合わせてチャーシューも鶏になった。なんだかずるい気もしたが、うまいから仕方ない。

味玉は唯一変えていない。嫁が「味玉だけは初日から完璧」と言ったからだ。もっとも、あれは嫁のレシピだから俺の手柄ではない。

丼も変えた。開業時は白い無地のラーメン丼だったが、保温性が足りなくて二重構造の黒い丼に替えた。店名のロゴも入れ直した。つい先月、ロゴの書体まで変えたから、もう見た目は完全に別の店の丼だろう。

で、ある日。

常連の宮本さんが三ヶ月ぶりに来た。カウンターに座って、メニューも見ずに「いつもの」と言った。いつもの。俺は少し迷ったが、今のラーメンを出した。宮本さんの「いつもの」が、いつの時点の「いつもの」かは分からなかったからだ。

宮本さんはスープを一口すすって、麺を持ち上げて、チャーシューを箸で割った。

「うん。うまい」

と言って、続けた。

「でも、これ、前と全然違うよな」

だろうな、と俺は思った。

「麺も変えたし、スープもほぼ別物だし、チャーシューも鶏になったし、丼もこれ新しいやつだし」

宮本さんはスープをもう一口すすった。

「全部変えたら、もう別のラーメンじゃないのか。テセウスの船っていうか」

テセウスの船。パーツを全部取り替えた船は元の船と同じか、という哲学の話だ。宮本さんは見た目に反してそういうことを言う人だった。

俺は答えに困った。たしかに全部変えた。でも、毎回「今のスープに合う麺はなにか」を考えて、ひとつずつ入れ替えてきたのだ。全部を一度に変えたわけじゃない。つながりは、ある。たぶん。

「味玉は変えてないっすよ」

と、苦し紛れに言った。

宮本さんは味玉を半分に割り、黄身のとろける断面を眺めた。

「ああ、たしかに。これだけは前と同じだ」

それから、にやっと笑って言った。

「じゃあ、これはテセウスの船じゃなくて、テセウスの味玉だな」

俺は笑った。宮本さんも笑った。

翌週、嫁が味玉のレシピを変えた。醤油を白醬油にして、漬け時間を二時間長くした。嫁いわく「ずっと気になってた」らしい。俺が何も言えずにいたら、宮本さんがまた来た。

一口食べて、長い沈黙があった。

「味玉、変えたな」

俺は目をそらした。宮本さんはスープを最後まで飲み干して、丼を置いた。

「もういいや。うまいから」

会計のとき、宮本さんはポケットから名刺を出した。裏にメモが書いてあった。

「三代目ラーメン。全パーツ更新済み。味: 良。同一性: 不問」

常連というのは、どうやら記録をつける生き物らしい。宮本さんの後ろで、別の常連の野口さんがカウンターに座り、「いつもの」と言った。俺はまた少し迷って、今のラーメンを出した。