古谷というのが、この日、町役場の倉庫整理に駆り出された手伝い要員だった。

「空色届」を知っている人は、たぶんもういない。昭和のある年に始まった届出で、用紙には日付と空の色を書く欄しかなかった。ちなみに提出先は環境課の窓口である。届出人は町内に最盛期で十一人いたらしいが、最後の十年はたったひとり、古谷の曾祖母だけになっていた。

段ボール四箱。背中にマジックで年号が書いてある。古谷はそれを廃棄コンテナに運ぶよう頼まれていた。

「これ全部、ひいばあちゃんのですか」

隣で台帳にチェックを入れていた担当の宮下さんが、ああ、と頷いた。

「五十年分。毎日出してたのよ、あの人。雨の日も。台風の日も」

もっとも、届出を読んでいた職員がいたかどうかは怪しい。宮下さん自身、引き継ぎのとき「あれはもう止まってるから」と聞いただけだという。

古谷は一箱を開けてみた。藁半紙の束。どのページにも同じ筆跡で、日付と色の名前が一行だけ書いてある。紺。紺。紺。灰。灰白。紺。淡紺。五十年分の空が、曾祖母の癖のある字で並んでいる。

どうやら曾祖母は、色の名前をやけに細かく分けていたようだった。ただの「青」は一度もない。淡紺、鉛紺、灰白、薄墨、朱鼠。なんとなく辞書でも引いていたのだろうか。

古谷はページをめくる手を止めた。五十年の途中に、一日だけ空欄がある。日付は書いてあるのに、色がない。前の日は「紺」、次の日も「紺」。真ん中だけ、白紙。

宮下さんがちらりと覗き込んだ。

「ああ、それ……亡くなった日なんじゃないかな」

古谷は何も言わず、段ボールの蓋を閉じた。コンテナに載せようとした、そのときだった。

倉庫の奥で内線電話が鳴った。

宮下さんが出て、二言三言やりとりして、受話器を手で押さえたまま振り返った。

「古谷くん、ちょっと待って。……なんか、大学の先生から電話。『空色届の連続記録がそちらに保管されているはずですが、原本はまだありますか』って」

古谷は段ボールを持ったまま立っていた。

「……日本で唯一の、半世紀分の定点記録だって言ってるんだけど」

宮下さんの声が、なんだか遠かった。三本のうち一本が切れたままの蛍光灯が、埃の中でちらついている。

古谷はコンテナに載せかけた箱を降ろした。蓋を開け、一番上の一枚を取った。曾祖母の最後の届出だろう。あの几帳面な字で、「紺」とだけ書いてある。

古谷は窓の外を見上げた。

同じ色だった。