木下というのが、生真面目な男で、不運な配属先を引き当ててしまった人だ。

担当は「TOI-199b 観光案内所」。宇宙観光局のなかで、17年間ずっと来訪者数がワースト3に入り続けている窓口である。

もっとも、惑星そのものは悪くない。気温は年間を通じて60〜90℃で安定していて、宇宙服なしには暮らせないが、景色はなかなかいい。巨大なガス惑星特有の縞模様が空に広がり、夜明けには橙色の雲がたなびく。嵐が来ても2〜3日で過ぎる。ガイドブックの評価は「★★★(三つ星)」。

なのに、来ない。

「ええと、TOI、ティーオーアイ……いち、きゅう、きゅう……」

たまに問い合わせの通信が来ても、たいていはここで詰まる。名前が覚えられないのだ。

木下は17年間で2,480件のアンケートを集計した。そのうち2,412件に「名前が難しい」「予約フォームの惑星名欄に入力できなかった」「TOI-199aと199bを間違えた」という記載があった。ちなみにTOI-199aは主星(恒星)の名前で、ここに観光で行くことはできない。

木下は上司の黒岩課長に何度も掛け合った。

「愛称をつけてはいただけませんか。たとえば『なつかし星』とか、『橙の惑星』とか」

「規定で愛称は惑星命名委員会の承認が必要です」と黒岩課長は言った。「申請から承認まで早くて4年です」

「4年……」

「でも受理されないことも多いので、実質7〜10年と思ってください」

木下はそのまま17年を過ごした。

18年目の春、木下はついに動いた。上司に黙って、観光局のパンフレットに「気温がちょうどいい星(通称:ちょうど星)」と小さく書いたのだ。正式名称も併記し、「TOI-199b、通称ちょうど星」と表記した。問い合わせフォームには備考欄を作り、「ちょうど星でも検索できます」と添えた。

3か月で予約が12件入った。

17年ぶりの出来事だった。木下は少し泣きそうになった。


4か月後、上層部から木下に呼び出しがあった。

「木下さん、惑星の通称を無断で使用したことについて、始末書をお願いします」

「は」

「惑星命名委員会の承認なしに愛称を使うと、星間観光法第17条第3項に違反します」

「でも予約が……」

「承知しています。ただし手続きは手続きです」

木下は始末書を書いた。「ちょうど星」の表記はパンフレットから消えた。3か月後、来訪者数はまた元に戻った。

ところが年度末、木下のデスクに一枚の内部通知が届いた。宛先は「TOI-199b 観光案内所 担当者各位」。内容は「費用対効果の見直しにより、来年度より TOI-199b 観光案内所を廃止する」というものだった。

木下が廃止決定の事務手続きを始めると、書類の送付先を入力する欄で担当者が詰まった。

「えーと、ティーオーアイ……いち、きゅう……」

翌朝、木下の案内所に廃止通知が届かなかった。フォームの入力エラーで送付に失敗していたのだ。

木下は、とりあえずコーヒーを一杯いれた。