今あなたの指に、あるいは引き出しの奥に、金があるとする。その原子の一粒を、どこで生まれたのかとさかのぼっていく。すると行き着くのは、太陽のような穏やかな星の中ではない。
たどり着くのは、星の死骸どうしが正面衝突した、たった数秒の地獄だ。
金もプラチナも、ごく普通の星の中では一粒たりとも作れない。これは比喩ではなく、物理の話である。
なぜ金は「星の中」では作れないのか
星が光っているのは、中心で軽い原子核をくっつけて重い原子核に変える「核融合」が起きているからだ。太陽なら、水素をヘリウムに変えて熱と光を出している。
もっと重い星では、この反応がさらに先まで進む。NASAの解説によれば、炭素が酸素やネオン、マグネシウムへと融合し、最後にはケイ素が融合して鉄ができるところまで到達する。
ところが、鉄で話がぴたりと止まる。
白状すると、わたしは長いあいだ、星はどんな元素でも好きなだけ作れるものだと思い込んでいた。実際はそうではない。鉄より先へ進もうとすると、反応がエネルギーを出すのをやめて、逆に吸い込みはじめる。星にとっては大赤字だ。だから星は鉄のところで融合の階段を登れなくなる。
ここまでで元素の周期表の半分ちょっと、原子番号でいえば26番の鉄までは説明がつく。問題は、金(79番)やプラチナ(78番)のように、鉄よりはるかに重い元素たちだ。星が作れないなら、いったい誰が作ったのか。
鉄から先は「足し算」ではなく「中性子を浴びせる」
鉄より重い元素を作るには、発想を変える必要がある。原子核どうしをぶつけて足し算するのではなく、電気を帯びていない粒「中性子」を外から浴びせてやるのだ。
中性子は電気的に中立なので、プラスの電気を帯びた原子核に反発されずにすっと入り込める。鉄の原子核に中性子を一つ、また一つと押し込んでいくと、核はどんどん重くなる。
ただし、ため込んだ中性子はしばらくすると勝手に壊れて別の粒に変わってしまう。だからゆっくり浴びせたのでは、重い元素まで育つ前に崩れてしまう。
カギは速さだ。崩壊が追いつけないほどの猛烈な勢いで中性子を浴びせれば、原子核は一気に重いほうへ駆け上がれる。研究者はこれを「r過程」(rapid、つまり速い中性子捕獲)と呼ぶ。金やプラチナは、この駆け上がりの果てに生まれる。
ではここで考えてほしい。崩壊が追いつけないほど大量の中性子が、いったい宇宙のどこに転がっているのか。
中性子星——太陽より重い質量が、都市ひとつの幅に詰まっている
答えは、中性子だけでできた星にある。中性子星だ。
太陽の8倍から20倍ほど重い星は、一生の最後に中心が自分の重さで押しつぶれ、超新星爆発を起こす。あとに残るのが、原子がぺしゃんこに潰れて中性子の塊になった芯——中性子星である。
この星の詰まり具合が、尋常ではない。NASAの解説では、太陽より重い質量が、ニューヨークのマンハッタン島の長さほどの球に押し込められていると説明されている。
この比べ方、最初は何かの計算違いだと思った。直径140万kmの太陽を、端から端まで歩いて数十分の島のサイズまで圧縮する。そんなことが現実に起きている。
中身は文字どおり中性子の海だ。r過程が欲しがっていた「崩壊が追いつけないほどの中性子」が、ここには一つの星まるごと分ある。
もっとも、中性子星がそこにあるだけでは金は宇宙に出てこない。海の水も、器に入ったままでは外に飛び散らない。中性子の海をぶちまける、とんでもない事件が要る。
2017年8月17日、2つの星の死骸が衝突した
その事件を、人類は一度だけ、現場をおさえた。
NASAの発表によれば、2017年8月17日、ペアを組んで回っていた2つの中性子星がついに合体した。場所は、うみへび座の方向にあるNGC 4993という銀河。地球からおよそ1億3000万光年の彼方だ。
この合体は、2つのまったく別の信号で同時にとらえられた。一つは時空のさざ波「重力波」で、LIGOとVirgoという観測装置が検出した。もう一つはガンマ線の閃光で、NASAのフェルミ衛星がほぼ同時にキャッチした。重力波と光の両方で同じ事件を見たのは、このときが初めてだった(くわしくは重力波がひらいた新しい天文学の記事にゆずる)。
フェルミがとらえた閃光は、ただちに世界じゅうの天文学者へ「短いガンマ線バースト」として速報された。そこへ重力波のデータをさらに解析して空のどの一角かを絞り込み、検出から12時間のうちに、地上の望遠鏡が合体の光源をNGC 4993の中に突き止めた。時空のゆがみ・ガンマ線・可視光という、まるで性格の違う三つの顔を突き合わせて、ようやく「これは同じ一つの衝突だ」と確信できたのである。
合体した2つの星は、それぞれ太陽より1割から6割ほど重く、幅はワシントンD.C.ほどしかなかった。その2つが、毎秒数百回という速さで互いの周りを回りながら、最後にぶつかった。
ぶつかった瞬間、中性子の海の一部が宇宙空間へ振りまかれる。そこで何が起きるか。崩壊が追いつけないほどの中性子に囲まれた破片の中で、まさにr過程が走り出す。鉄が、金が、プラチナが、その場で生まれる。
その「光の消え方」が、金ができた証拠だった
面白いのはここからだ。研究者たちは、金ができた現場を直接のぞいたわけではない。重い元素が生まれた証拠を、合体のあとに光る「キロノバ」という淡い輝きから読み取った。
生まれたばかりの重い元素は放射性で、不安定なまま崩壊しながら熱を出す。NASAの解説によると、キロノバの可視光や赤外線は、この中性子に富む破片の放射性崩壊による発熱で光ると考えられている。
つまり、あの淡い輝きそのものが、生まれたての重い原子核が崩れるときにこぼす熱なのだ。言いかえれば、キロノバを見ることは「金が鍛えられている現場の余熱」を見ることにほかならない。だからこそ、その光がどんな色をして、どんなふうに弱っていくかを丁寧に追えば、そこでどれだけ重い元素が生まれたのかを逆算できる。光の消え方が、金ができたことの物証になるわけだ。
だから天文台が総動員された。NASAのスウィフト衛星が明るい紫外線の光源を見つけ、ハッブル宇宙望遠鏡が8月22日から近赤外線でスペクトルをとらえ、破片の動きと化学組成を読んだ。チャンドラは9日後にX線を検出した。
スピッツァー宇宙望遠鏡は9月30日、いちばん長い波長の赤外線を観測した。この光こそ、重い元素がどれだけ作られたかを教えてくれる。担当した研究者は「どれだけの金が鍛え上げられたか、最後の判定を下すのはスピッツァーだ」と語っている。
一回の合体で、どれほどの金が生まれたのか。その正確な量を量ることが、観測の大きな目的だった。星の輝きの消え方から、生まれた金の重さを逆算する——そういう仕事である。
あなたの金は、どこから来たのか
話を手元の指輪に戻そう。
地球の金は、地球が生まれるよりずっと前、太陽系のもとになったガスとチリの雲の中に、すでに混ざっていた。その金は、はるか昔に起きた中性子星どうしの衝突や、大きな星の爆発でまき散らされ、長い時間をかけて宇宙をただよってきたものだ。超新星がまいたチリは今も地球に降り積もっている(超新星のチリの記事参照)。
つまり指輪の金の一粒一粒は、どれも、どこか遠い銀河で星が死んだときの破片だ。あなたの指で光っているのは、太陽が生まれるよりも古い、星の最期のかけらである。
次に金を見かけたら、少しだけ目を近づけてみてほしい。そのやわらかな黄色の光は、1億光年の彼方で2つの星がぶつかって砕けた、あの一瞬とまっすぐにつながっている。