2015年9月14日の朝、アメリカのルイジアナ州にある観測装置が小さな揺れを記録した。
揺れといっても地震じゃない。時空そのものがわずかに伸び縮みしたのだ。その幅、陽子1個の1000分の1以下。それでも研究者たちは「捉えた」と確信した。13億光年離れた宇宙で、2つのブラックホールが合体した瞬間の波が、地球にまで届いたのだ。
これが人類初の重力波検出。宇宙の観測に、まったく新しい「目」が加わった瞬間だった。
重力波って、そもそも何か
重力波は、質量を持つ物体が加速度運動をしたとき、時空に生じる波だ。
「時空が波打つ」と聞くと、はてと思うかもしれない。でも考えてみてほしい。プールに石を投げ込むと、水面に波紋が広がる。水という媒質が揺れているわけだ。それと似た感覚で、質量の動きが時空を揺らし、その揺れが光の速度で遠くへ伝わっていく。媒質は宇宙空間そのものだ。
アインシュタインが1916年に一般相対性理論の中で予言してから、実際に検出されるまで100年かかった。なぜそれほど時間がかかったのか。答えは簡単で、信じられないくらい微弱だからだ。
太陽が地球を中心に回ったとしても(実際には違うが)、発生する重力波は今の技術では検出不可能なほど小さい。地球に届くまでには、よほど激しい事象が必要だ。たとえば2つのブラックホールが合体するような、宇宙で最も暴力的な出来事が。
LIGO ── 陽子1個の1000分の1を測る装置
重力波を捉えるために開発されたのが、LIGO(レーザー干渉計重力波観測所)だ。アメリカのルイジアナ州とワシントン州の2箇所に設置された、L字型の巨大な装置である。
仕組みはシンプルに言うと、レーザーを使った「ものさし」だ。
L字の2本のアームにレーザー光を通し、両端の鏡で反射させる。重力波が通過すると、片方のアームが伸び、もう片方が縮む。この「長さのずれ」をレーザーの干渉縞として検出するのだ。
アームの長さは4km。それに対して検出する変化は4×10⁻¹⁸ メートル。これは東京から大阪までの距離が1円玉の厚みの1000分の1変わるのを測るようなものだ、と聞いたことがある。正直に言えば、そう言われてもまったくピンとこなかった。でも「そういう精度の世界だ」というのは伝わった。
ちなみに現在はアメリカのLIGOだけでなく、イタリアのVirgo、そして日本のKAGRA(神岡鉱山の地下に建設)が協力して稼働している。複数拠点で同じ信号を検出することで、偶然のノイズと区別できる。KAGRAが稼働を始めたとき、日本にもこういう装置があるのかと思った。
GW150914 ── 最初の「音」はどんな形だったか
2015年に検出された最初の重力波「GW150914」は、2つのブラックホールが互いに螺旋を描きながら近づき、最終的に合体した事象だ。
片方はおよそ太陽の36倍、もう片方は太陽の29倍の質量を持つブラックホール。合体した結果できたブラックホールは太陽の62倍。「29+36=65のはずでは」と思った人もいるかもしれないが、その差の約3倍分は、すべて重力波エネルギーとして宇宙に放出された。これは太陽が100億年かけて放射するエネルギーの何倍にも相当するエネルギーを、わずか0.2秒で放出したことを意味する。
波形を音に変換すると、低い音がじわじわと高くなって、最後に「ピュッ」と消える。研究者たちはこれを「チャープ信号」と呼ぶ。まるで宇宙が口笛を吹いたようだ、という表現があって、それが妙に頭に残っている。
13億光年という距離もちょっと考えてみると面白い。この2つのブラックホールが合体したのは、地球で多細胞生物が登場した頃とほぼ同時代。その波が宇宙をひた走り、2015年に地球の検出器を1000分の1陽子ぶん揺らして通り過ぎた。
光では見えない宇宙を「聴く」
ここで重力波観測の本当の意義を考えてみたい。
これまでの天文学は、基本的に「光を集めること」だった。可視光・X線・電波・赤外線。目に見えない光も含め、すべて電磁波だ。電磁波を使った望遠鏡で、人類は宇宙の構造を詳しく調べてきた。
ところが光は、発光しない天体を見ることができない。ブラックホール同士が合体するとき、光はほとんど出ない。また宇宙の「初期」は物質が密で光が自由に飛べず、観測できる時代には限りがある。
重力波は違う。物質を通り抜けやすく、宇宙のどこからでも届く。光が届かない場所の情報を持ってくる。
さらに2017年には、重力波と電磁波を「同時に」観測するという歴史的な出来事が起きた。2つの中性子星が合体したとき(GW170817)、重力波が検出されると同時に、世界中の電波・X線・光学望遠鏡が一斉にその方向を向いた。するとそこに短いガンマ線バーストが見えた。これは「マルチメッセンジャー天文学」と呼ばれる新しい観測の形だ。
この観測からわかったことのひとつが、「金はどこで作られるか」だ。金や白金といった重い元素は、中性子星の合体で作られるという説があった。GW170817の観測で、その直後に金が作られた証拠が得られた。地球上の金の多くは、遠い過去に宇宙で起きた合体イベントで誕生したものだ。
KAGRAの役割と日本
日本の重力波検出器「KAGRA」は岐阜県飛騨市の地下200m以上に建設された。神岡鉱山の地下空洞を利用した施設だ。
地下に造った理由は、地上より揺れが少ないから。そして温度ノイズを下げるために、鏡を約20ケルビン(マイナス253度近く)まで冷却するという特殊な設計を採用している。
KAGRAは2020年に正式に観測を開始し、現在はLIGO・Virgoとネットワークを組んでいる。複数箇所で検出することで、信号の方向もより精度よく割り出せるようになる。「重力波がどこから来たか」がわかると、光学望遠鏡を向ける場所も特定しやすくなる。
これから何がわかるのか
現在の観測装置は「第2世代」と呼ばれる。今後「第3世代」の検出器、たとえば欧州が計画するEinstein Telescope(地下のL字型)やCosmic Explorer(アームが40kmに達する)が建設される予定だ。感度が格段に上がれば、宇宙の果てからの信号も捉えられる可能性がある。
さらに宇宙空間には「原始重力波」と呼ばれる、ビッグバン直後に生じたとされる重力波の痕跡が残っているかもしれない。これが検出できれば、光では届きようのない宇宙誕生の瞬間にアクセスできることになる。
ESAが主導するLISA(宇宙での重力波検出器)計画も進んでいる。宇宙空間に3機の衛星を250万km離れて配置し、太陽と同じ軌道を回りながら重力波を検出するというものだ。宇宙では地面の揺れがないため、地上の検出器では届かない低周波の重力波を捉えられる。銀河中心の超大質量ブラックホール同士の合体など、さらに大きな天体イベントが観測対象になる。
「聴く」という表現が持つ意味
天文学者たちが重力波を「宇宙の音」と呼ぶのは単なる比喩ではない、と最近思うようになった。
望遠鏡で宇宙を「見る」という行為は、光を待つことだ。光源から放たれた光が届くのを待ち、それを受け取る。基本的に受動的だ。
重力波の観測も受動的ではあるが、何かが違う気がする。何かが「通り過ぎた」という感覚。時空が揺れて、それが地球を通り過ぎ、また宇宙の果てに消えていく。そのわずかな痕跡を、精密な装置が記録する。
13億年前の宇宙で起きた事件の余波が、今この瞬間も地球を通り過ぎている。気づかれることなく。
その波に名前をつけて記録するのが、重力波天文学だ。2015年以降、100件以上の重力波が記録されている。宇宙は想像以上に「賑やか」だった。私たちはずっと、その音が聞こえていなかっただけだ。