研究者たちは「アンモニアの雲があるはずだ」と思っていた。

木星より大きな系外惑星があって、温度もそこそこ低くて、大気が観測できそうなら——当然、そういう予測を立てる。理論モデルが何年もかけて積み上げてきた答えだ。実際、木星でもアンモニア雲が上層にある。そういうものだと思っていた。

ところが、JWSTが見たのはそれとまったく違うものだった。水の氷からできた雲だった。


12光年先の木星サイズの惑星

Epsilon Indi Ab(イプシロン・インディ・エービー)という惑星がある。地球から12光年の距離にある恒星「Epsilon Indi A」を周回している。

12光年と聞いても実感が湧かないが、宇宙の基準ではかなり近い。天の川銀河の直径は約10万光年だから、12光年はほぼ隣の隣くらいの距離だ。宇宙探査の文脈では「近所」に入る。光で12年かかる距離を「近い」と言ってしまうあたり、天文学のスケール感はなかなか麻痺する。

この惑星の質量は木星の約6倍。分類上は「系外木星型惑星」と呼ばれるグループに入る。主星から約11.55 AU(天文単位)離れた軌道を回っていて、これは太陽系でいうと土星と天王星のあいだに相当する距離だ。公転周期はおよそ200年弱。人間のスケールでいえば、生まれてから死ぬまでのあいだに軌道を1周もしない。

Epsilon Indi 星系の配置と太陽系との比較

注目すべきは、この惑星が「直接撮像」できた点だ。系外惑星の多くは主星に近すぎて、主星の強烈な光に隠れてしまい直接観測できない。けれどIndi Abは主星から十分に離れているおかげで、JWSTが惑星そのものの光を切り出すことができた。


「直接撮像」で大気を読む

JWSTは単に惑星を「見た」わけではない。惑星から来る光を分解して、どんな成分が大気に含まれているかを調べた。

光を波長ごとに分けると「スペクトル」と呼ばれる虹状の帯が現れる。大気中の物質はそれぞれ特定の波長の光を吸収するので、スペクトルに独特の暗い筋(吸収線)が入る。その筋のパターンを読めば、大気の成分がわかる。水蒸気の吸収線、メタンの吸収線、アンモニアの吸収線——それぞれが異なるパターンを残す。人間の指紋みたいなもので、分子ごとに「ここの波長を吸う」という癖が違う。

この手法は「トランジット分光」として知られてきたが、Indi Abの場合は惑星が主星の前を横切るわけではないので、惑星そのものが放つ赤外線を直接捉える形になった。いわば「反射光ではなく自前の光で中身を暴かれた」格好だ。

JWSTはMIRI(中赤外線カメラ)とNIRCam(近赤外線カメラ)を使って、Indi Abの光を詳細に分析した。MIRIが捉える中赤外線は地上の望遠鏡では大気の水蒸気に邪魔されてほとんど使えない波長域だ。宇宙に浮かぶ望遠鏡だからこそ可能な観測ともいえる。結果として検出されたのは水とメタンの吸収線だった。アンモニアの明確な検出は得られなかった。

JWSTが系外惑星を観測する仕組み


予測はなぜ外れたのか

「木星型の大気にはアンモニア雲がある」という予測は、理論としては正しい。木星の雲頂部の温度は約−108℃。この温度帯ではアンモニアは氷結して雲になりやすい。だから木星には上層にアンモニアの雲が存在する。

ではIndi Abは何が違ったのか。温度だ。

Indi Abは木星よりも温度が高い。主星のEpsilon Indi Aからの距離や、惑星内部の熱が影響しているとみられる。雲頂部付近の温度が木星と異なるため、アンモニアが雲になる前に蒸発してしまい、代わりに水の氷が雲になりやすい温度帯が上層に来たと考えられている。

面白いのは、温度が変わると「雲の主役」が入れ替わることだ。水もアンモニアもどちらも大気中に存在しうる。でも、どの温度帯にいるかによってどの成分が雲になるかが違う。惑星の温度を少しずらすだけで、見かけの大気がガラリと変わる。地球の天気予報で「気温が2℃違うと雪か雨か変わる」という話があるが、惑星スケールでも本質的には同じ物理が働いている。ただ、扱うスケールが途方もなく大きいだけだ。

木星とEpsilon Indi Abの大気雲層比較


水氷の雲は珍しいのか

地球から水の雲(積乱雲など)を見上げると、ごく当たり前の存在に見える。でも系外惑星スケールで「水氷の雲」というのは、意外と特殊な条件が揃わないと見えない。

太陽系内では木星の大気深部にも水の雲がある。ただし深すぎて直接観測しにくい。ガリレオ探査機が木星大気に突入した際に水の痕跡は確認されたが、雲として「見た」というのとは意味が違う。土星の衛星タイタンには窒素やメタンの雲があるが、水ではない。金星には硫酸の雲がある。太陽系の中だけでも、雲の正体は惑星ごとにバラバラだ。

系外惑星となると話はさらにややこしい。大気観測自体がまだ難しい段階で、「水の雲を確認した」事例は限られている。ホットジュピターと呼ばれる高温の系外惑星ではケイ酸塩(ガラスの原料になるような物質)の雲があると推測されている例もある。雲というより砂嵐に近い。

今回のIndi Abは、木星型の系外惑星として水氷の雲が直接観測で確認された初の例に近い。しかも12光年という比較的近い距離にあるため、将来的により詳細な観測が続けられる可能性がある。観測を重ねれば、雲の分布が季節によって変わるのか、大気循環にどんな影響があるのかまで踏み込めるかもしれない。


モデルへの「待った」

天文学の世界では、観測データとモデルの食い違いはよくある。食い違いが出るたびに、モデルをアップデートしてきた歴史でもある。

今回の発見で問い直されているのは、系外惑星の大気モデルの「想定温度範囲」だ。これまで木星型の大気モデルは、木星の観測データを基準に組まれてきた部分が大きい。でも系外木星は一様ではない。温度も質量もさまざまで、主星との距離も違う。

「木星と似た質量なら木星と似た大気」という前提が崩れた、という見方もできる。太陽系で実際に調べられる木星型惑星は木星と土星の2つしかない。2つのサンプルから導いた法則が、数千もある系外惑星にそのまま通用すると思う方がむしろ楽観的だった。

Indi Abのデータは、系外木星型惑星をより細かく分類して、それぞれの温度帯に応じたモデルを作り直す必要があることを示唆している。

研究者たちがどう反応するかというと、崩れたことに落ち込むより、「では何が正しいか」を調べる材料が増えたと捉えるほうが多い。予測の外側にあるものほど、次に知るべきことを教えてくれる。


なぜ今、この発見ができたのか

JWSTが運用を始めたのは2022年。それから4年、系外惑星の観測精度は格段に上がった。ハッブル宇宙望遠鏡でも系外惑星の大気は研究されてきたが、近赤外線から中赤外線の広い波長を高感度で扱えるJWSTにしかできない解析がある。

Indi Abに限らず、JWSTは複数の系外惑星の大気組成を解析しており、これまで「ほぼ理論どおり」だと思われていた惑星でも想定外のデータが出てきている。今後、似たような「予測外れ」がさらに積み重なっていく可能性は十分ある。

12光年先の惑星の雲の成分がわかる。少し前まで不可能に近かったことが、いま現実になっている。そのたびに既存のモデルが揺さぶられる。それを「困った話」ととるか「宇宙がまだわかっていないという証拠」ととるかで、見え方はかなり変わる。

どちらにしても、予測が外れたほうが次の問いは増える。

12光年先の空に水の雲が浮かんでいる。その事実だけでも、なかなか気持ちのいい話ではある。