天の川の中心方向は、天文学者にとって長いあいだ「邪魔な場所」だった。星がぎゅうぎゅうに詰まりすぎていて、一つひとつを見分けるのが難しい。背景はガスと塵でかすみ、奥に何があるのかも見通せない。
ところが、この混雑そのものを武器に変える観測がある。
2025年3月、ESA(欧州宇宙機関)の宇宙望遠鏡Euclid(ユークリッド)が、まさにその混みあった領域にレンズを向けた。狙いは、自分では光らない惑星を「星の光のまたたき」から見つけ出すことだ。
星が多すぎて困る場所が、なぜ宝の山なのか
まず、なぜ天の川の中心方向に望遠鏡を向けるのかから話したい。
私たちの太陽系は、天の川銀河という渦巻きの、中心からかなり外れた場所にある。その太陽系から銀河の中心方向を見ると、視線の先に膨大な数の星が重なって並ぶ。中心部のふくらみは「バルジ」と呼ばれ、星の密度が桁違いに高い。
ここで一つ、奇妙な発想が出てくる。星が多いということは、「星と星が見かけ上ぴったり重なる瞬間」も多い、ということだ。
地球から見て、手前の星と奥の星がほぼ一直線に並ぶ。そんな偶然の整列が、星の多い方向ほど頻繁に起きる。そしてこの整列こそが、見えない天体を暴き出す引き金になる。
つまり、観測しにくいはずの混雑が、ある手法にとっては最高の狩り場になる。その手法が重力マイクロレンズだ。
重い天体は、光の通り道を曲げる
重力マイクロレンズの仕組みは、アインシュタインの一般相対性理論にさかのぼる。重いものは、その周りの空間をゆがめる。光はゆがんだ空間に沿って進むので、進路が曲がる。
要するに、重い天体はレンズのように背後の光を曲げて集める。これが重力レンズだ。
手前の星が、ちょうど奥の星の前を横切ったとしよう。手前の星の重力が、奥の星の光を曲げて私たちのほうへ余分に集める。すると奥の星が、一時的にふだんより明るく見える。
白状すると、私はこの現象を長いこと「珍しい特殊効果」くらいに考えていた。実際は、もっと地味で、もっと使える道具だ。
奥の星の明るさが、数日から数週間かけてなめらかに上がり、ピークを越えて、また元に戻る。この左右対称な増光の山が、マイクロレンズの指紋になる。
ここで面白いのは、レンズ役の手前の星が、惑星を連れている場合だ。
惑星は、増光の山に「小さなトゲ」を残す
レンズ役の星に惑星があると、惑星もごくわずかに光を曲げる。その効果が、なめらかな増光の山に、短いスパイク(とがった山)として乗る。
このスパイクは、長くて1日、短ければ数時間で消えてしまう。だから見逃さないよう、同じ星域をひっきりなしに撮り続ける必要がある。
ここがこの手法の最大の特徴で、個人的には一番好きな部分だ。
系外惑星を探すほかの方法、たとえば惑星が主星の前を通って星を少し暗くする「トランジット法」は、星のすぐ近くを回る惑星に強い。一方マイクロレンズは、主星から離れた軌道を回る惑星や、どの星も連れていない「自由浮遊惑星」まで捕まえられる。
しかも、惑星そのものの光はいっさい使わない。惑星が落とす重力の影、それだけで存在を言い当てる。星が、別の星の前を通りかかった惑星を見つける。だからこの手法は「星が星を見つける」とも呼ばれる。
ただし弱点もある。マイクロレンズは整列の偶然に頼るので、同じ惑星を二度観測できない。一度きりの増光を取り逃せば、その惑星はもう確かめようがない。だからこそ、広い星域を、高い解像度で、休まず見張れる望遠鏡が要る。
Euclidは、混雑を「ほどいて」見せる
そこでEuclidの出番になる。
Euclidは2023年7月1日に打ち上げられ、地球から約150万キロ離れたラグランジュ点L2という重力的に安定した位置から観測している。本来の主目的は、ダークマター(正体不明の重い物質)とダークエネルギー(宇宙を加速膨張させる謎の成分)の解明だ。
そのために、数十億個の銀河を、全天の3分の1を超える広さにわたって地図にしていく。広い範囲を、ぼやけさせずに撮るのが得意な望遠鏡だ。
この「広くて鮮明」という性質が、バルジの観測でそのまま効く。
地上の望遠鏡だと、大気のゆらぎで密集した星がにじみ合い、団子状につぶれてしまう。L2は大気の外なので、Euclidは混雑した星域でも一つひとつを分けて見られる。
ESAの発表によると、Euclidはこのバルジ撮影で約0.16秒角という細かさを実現した。秒角は角度の単位で、1秒角は満月の見かけの大きさのおよそ3600分の1にあたる。針の先で空をなぞるような細かさだと思ってほしい。
混雑を「ほどいて」一つずつ見分けられれば、その中で起きる一瞬の増光も、どの星のものか正確に追える。狩り場の解像度が上がる、ということだ。
6月24日に公開されるのは、まだ「下見」の段階
では、2025年3月の撮影で何が手に入ったのか。
ESAはこの観測を「Euclid Galactic Bulge Survey(銀河バルジ探査)」と呼んでいる。撮影したのは天の川中心付近の9つの隣り合う領域で、合わせて4.8平方度ぶん。満月がだいたい0.2平方度なので、満月20個ぶんちょっとの空を、星一つずつ見分けられる細かさで撮ったことになる。
各領域は400秒の露出を16回ずつ重ね、合計でおよそ1.8時間ぶんの光を集めている。撮影にはVISという可視光カメラを使った。
このデータは2026年6月24日に「Q2」として公開される予定だ。ただし注意したいのは、これ一回ぶんの撮影では、まだ惑星のスパイクは出てこないという点だ。
マイクロレンズの増光は時間とともに変化する。だから本当に惑星を狩るには、同じ領域を何度も撮って光の変化を追わなければならない。今回公開されるのは、いわば本番に向けた下見と、星のカタログづくりだ。
研究チームは、この撮影でEuclidがバルジの混雑にどこまで耐えられるかを確かめている。混雑した星域での観測能力が確認できれば、より長期の監視観測へ道が開ける。Q2は、その手応えを公開する場という位置づけになる。
見えないものを、見えるものの「またたき」で数える
マイクロレンズという手法は、発想がどこか逆さまだ。
ふつう私たちは、何かを「見て」確かめる。でもこの方法は、見えないはずの惑星を、別の星のまたたきという間接の証拠で数える。光を出さない天体の戸籍を、光の山のかたちから起こしていく。
天の川には、どの星にも属さず、暗闇をひとりで漂う惑星が大量にあると考えられている。トランジット法では原理的に届かないそうした天体に、マイクロレンズは手を伸ばせる。
今は同じ手法を狙う望遠鏡が複数準備されていて、Euclidのバルジ撮影は、その時代の入口にあたる観測だ。
次に同じ星域へEuclidがレンズを向けるとき、混雑した星明かりのどこかで、ほんの数時間だけ細いトゲが立つかもしれない。それは、誰の光でもない惑星が、たった一度だけ残していった影だ。