地球から2万6千光年。銀河の中心に近い、ガスと塵の冷たい雲の中で、炭素4個でできた糖が見つかった。
名前はエリスルロース。聞き慣れない言葉だが、要は「砂糖の仲間の、ちょっと小ぶりな分子」だと思ってもらえばいい。問題は、それがどこにあったかだ。星も惑星もまだ無い、何もない暗闇の中で、生命の遺伝子の祖先になりうる分子が、すでに組み上がっていた。
まず、糖が宇宙にあること自体は驚きではない
正直に言うと、「宇宙で有機分子が見つかった」というニュース自体は、もう珍しくなくなった。アミノ酸のかけらも、DNAの塩基を作る物質も、星の生まれる雲や彗星の中から次々に見つかっている。
糖も例外ではない。炭素2個や3個でできた単純な糖は、これまでにも検出されてきた。だから「糖が見つかった」だけなら、ニュースとしては地味なほうだ。
ではなぜ今回が面白いのか。鍵は「炭素の数」にある。
生命がいま遺伝情報をしまっているDNAやRNAは、骨組みに炭素5個の糖を使っている。これまで宇宙で見つかっていたのは炭素2個や3個まで。そこから一段上がった炭素4個の糖が、初めて分子雲の中で確認されたのだ。階段でいえば、踊り場をひとつ上がった、という話になる。
スペインの宇宙生物学センター(Centro de Astrobiología)のIzaskun Jiménez-Serra氏らのチームが、2026年6月にこの結果をプレプリント(査読前の論文)として公開した。観測したのは、スペインのYebes 40m望遠鏡とフランスのIRAM 30m望遠鏡。電波の指紋を読み取って、分子の正体を突き止めた。
エリスルロースって、結局なんなのか
ここで少しだけ分子の話をする。飛ばすと後で効いてこないので、軽く付き合ってほしい。
糖というと甘いものを想像するが、化学の世界ではもっと広い意味で使う。炭素・水素・酸素が決まった形でつながった分子の一群を、まとめて糖と呼ぶ。エリスルロースは、その中でも炭素4個が連なった「ケトース」というタイプの糖だ。
このエリスルロースが見つかった場所が、また独特だった。G+0.693−0.027という、暗号のような名前の分子雲。銀河系の中心に近い、塵とガスの濃い領域だ。ここは天文学者のあいだで「分子の宝庫」として知られていて、変わった分子が次々に検出されてきた実績がある。
検出のたしかさも示されている。観測された電波の信号が、たまたまの偶然で現れる確率はわずか0.2パーセント。つまり1000回に2回しか起こらないようなことが、たまたま起きたとは考えにくい。研究チームは、これをエリスルロースの存在の証拠と受け止めている。
なお「2万6千光年」という距離は、ピンとこないかもしれない。光の速さで2万6千年かかる距離だ。いま私たちが受け取っている電波は、人類がまだ氷河期の洞窟で暮らしていた頃にあの雲を出発したことになる。それだけ昔の光が、いまになって望遠鏡に届いている。
一番意外だったのは、糖の「作られ方」だった
ここからが本題で、個人的には一番好きな部分だ。
糖の炭素を増やすなら、ふつうは炭素を1個ずつ足していくと考える。階段を1段ずつ上るようなイメージだ。実際、化学者の多くもそう予想していた。
ところが、観測された量がそれと合わなかった。エリスルロース(炭素4個)は、炭素3個の糖グリセルアルデヒドよりも、少なくとも8倍は豊富だった。1個ずつ足していくなら、段を上がるほど数は減っていくはずだ。なのに、上の段のほうが多い。これは妙な話だった。
研究チームが考えたのは、まったく別の作り方だ。炭素を1個ずつではなく、「炭素2個のかけら」を2つ、まとめてくっつける。グリコールアルデヒドやエチレングリコールといった炭素2個の分子が、チリの粒を覆う氷の表面で出会い、合体して炭素4個になる、というシナリオだ。
ブロックを1個ずつ積むのではなく、2個セットのブロックを2つガチャンと合わせる。そう考えると、4炭素の糖が3炭素より多い理由がうまく説明できる。
この「合体」の舞台が、星間空間に漂う極小のチリだという点も面白い。宇宙線(高速で飛ぶ粒子)や水素原子が氷を叩いて反応しやすい状態を作り、その上で分子が組み上がる。冷たくて何もないように見える暗黒の雲が、実は分子を作る小さな工場になっている。
DNAより単純な遺伝子 ── TNAという候補
さて、ここで「生命の祖先」の話に戻る。
今の生命はDNAとRNAで遺伝情報を運んでいる。でも、いきなりあの複雑な仕組みが宇宙で完成したとは考えにくい。もっと単純な「前のバージョン」があったのではないか、と多くの研究者は考えている。
その有力候補のひとつが、TNA(スレオース核酸)と呼ばれる分子だ。DNAやRNAより骨組みが単純で、それでいて情報を運ぶ鎖になれる。最初の生命は、このTNAのような簡単な分子から始まったのかもしれない、という仮説がある。
ここでエリスルロースが効いてくる。研究チームによれば、エリスルロースは液体の水があると、スレオースという別の4炭素糖に変わりやすい。そしてそのスレオースこそ、TNAの骨組みを作る材料になる。
つまり道すじはこうだ。宇宙でエリスルロースが作られる。それが惑星に運ばれ、水のある環境でスレオースに変わる。スレオースがつながってTNAになり、それが情報を運ぶ最初の分子になる。生命の遺伝子の「ご先祖さま」へとつながる道が、宇宙の暗闇から始まっている可能性がある。
ただし、誤解しないでほしい。スレオースからTNAができる、という部分は実験室での仮説であって、宇宙でそれが起きた証拠はまだない。観測でわかったのは「4炭素の糖が分子雲にある」ところまでだ。その先は、研究者たちが描く「ありうる物語」である。観測事実と仮説は、きちんと分けて受け取っておきたい。
それでも、この発見が変えるもの
では結局、この発見は何を変えたのか。
ひとつは「材料の調達ルート」だ。生命に必要な部品は、惑星ができてから現地で作られた、と考えることもできる。でも今回のように、惑星すらまだ無い分子雲の中に4炭素の糖があるとなると、話が変わってくる。部品は宇宙であらかじめ用意され、できあがった惑星に「配達」されるのかもしれない。
もしあなたが46億年前の太陽系を外から眺めていたら、と想像してみてほしい。地球がまだ塵の渦でしかなかった頃、その材料となった雲の中には、すでに糖の分子が漂っていたことになる。生命の部品は、地球の誕生を待たずに、もっと前から存在していたわけだ。
もうひとつは「作られ方のレシピ」がわかってきたことだ。2炭素のかけらを合体させる、という道すじが見えたことで、もっと複雑な分子がどう組み上がるのかを予測しやすくなる。炭素5個、6個の糖が宇宙で見つかる日も、そう遠くないのかもしれない。
夜空のあの暗い部分、星が抜けて黒く見える領域。あそこは「何もない」のではなく、チリの表面で分子が静かに組み上がっている現場だった。次に晴れた夜に天の川の濃い部分を見上げたら、その黒い帯のどこかで、今この瞬間も小さな糖が生まれていることを思い出してほしい。