ブラックホールは何かを飲み込むだけのものだと、ずっとそう思っていた。

ところが実際には、飲み込みながら同時に何かを「吐き出して」もいる。その吐き出された物質の流れ——ジェットと呼ばれる——が、太陽の1万倍ものエネルギーを持ちながら光速の半分で宇宙を突き進んでいる。そのことが2026年4月、初めて直接の測定で確かめられた。

舞台は「はくちょう座X-1(Cygnus X-1)」。人類が最初にその存在を確認したブラックホールだ。

ブラックホールジェットの全体像

ブラックホールが吐き出すもの

ブラックホールに近づいたガスは全部吸い込まれる、というのは少し正確さを欠いた説明だ。

実際には、落下するガスはすぐに吸い込まれるわけではなく、ブラックホールの周りに「降着円盤(こうちゃくえんばん)」と呼ばれる巨大な渦を作りながら螺旋(らせん)状に落ちていく。摩擦と圧縮で温度は数千万度に達し、強烈なX線を放つ。

ここまでは比較的よく知られている話だが、そこで終わらないのが面白いところで。

降着円盤の内縁部分では強力な磁場が発生し、ガスの一部がブラックホールの回転軸に沿って極方向へ加速・噴射される。これが「相対論的ジェット(relativistic jet)」だ。光速に迫る速度で噴き出すため、「相対論的(光速の世界では時間や空間の扱いが変わる)」という形容詞がつく。

ブラックホールジェットの仕組み

上下2方向に噴き出すジェットの形は、写真で見たことがある人も多いかもしれない。M87銀河の中心ブラックホールから伸びる青白い光の筋がその典型例だ。ただ、あのジェットは数千光年の長さ。Cygnus X-1のような恒星サイズのブラックホールが作るジェットは、銀河規模の超大質量ブラックホールと比べて小粒だが、仕組みは驚くほど似ている。

Cygnus X-1 ── 人類が最初に「確認した」ブラックホール

Cygnus X-1の名前は「はくちょう座のX線源1号」という意味の通称だ。1964年に気球観測でX線を出す天体として発見され、その後の観測で「これはブラックホールである可能性が高い」と議論された。

1990年代に入り、その確信は深まった。今では質量が太陽の約21倍と推定されており、地球から約6,000光年の距離にある。

Cygnus X-1 連星系の構造

Cygnus X-1が他の天体と異なるのは、「伴星(はんせい)」という相棒を持つ連星系だという点だ。HDE 226868という太陽の40倍もの質量を持つ青色超巨星(超大型の青白い星)がパートナーで、両者は約5.6日で互いの周りを公転している。

この距離が非常に近い。地球と太陽の距離(1AU、約1億5,000万km)の5分の1ほどしか離れていないため、青色超巨星から噴き出す恒星風(星の表面から吹き出すガスの流れ)がブラックホールにどんどん流れ込む。それが降着円盤を太らせ、ジェットを駆動するエネルギーの源になっている。

「踊るジェット」が秘密を明かした

ジェットの存在自体は長年わかっていた。しかしそのエネルギーがどれほどのものか、直接的に測定するのは難しかった。

理由は単純で、ジェットは見えてはいるのだが、その瞬間瞬間のエネルギーを正確に引き出すのが難しかった。従来の測定は長期的な平均値に頼るしかなく、「今この瞬間、あのジェットにどれほどの力があるのか」を知る手段がなかったのだ。

転機になったのが、「踊るジェット」という現象の発見だった。

Cygnus X-1のジェットを長年観測し続けていたチームが気づいたのは、ジェットが一方向にきれいに伸びていないという事実だ。伴星からの恒星風に押されて、ジェットが周期的に揺れ、曲がっていた。まるでダンスをするように。

これが鍵だった。「恒星風の強さ」は別の手段でわかる。そして「ジェットがどれだけ曲がったか」は電波望遠鏡で観測できる。この2つを組み合わせれば、ジェットを曲げるのに必要な力、つまりジェット自体のエネルギーが計算できる。

ジェットが踊る仕組みとVLBI観測

使われた手法がVLBI(超長基線電波干渉法)だ。地球上の複数の電波望遠鏡を同時に使い、地球全体を一つの巨大な望遠鏡として機能させる。18年間分の高分解能電波画像が積み重なり、ジェットの「踊り」の詳細が初めて明らかになった。

論文は2026年4月16日付で科学誌『Nature Astronomy』に掲載されている。

「太陽1万個分」は何を意味するか

計算の結果はこうだった。Cygnus X-1のジェットは、瞬間的に太陽の約1万倍のエネルギーを放射しながら、光速のおよそ50%の速度で飛んでいる。

「太陽1万個分」と言われてもピンとこないかもしれない。一例として言うと、地球が太陽から受け取るエネルギーの総量は毎秒約174兆ワットだ。それの1万個分ということは、毎秒1.74京ワット(京は兆の一万倍)のオーダーの話になる。スイッチを入れるたびにそれだけのエネルギーが飛んでいく。

エネルギーの比較

ただ、数字の絶対値よりも重要な発見が一つある。

ブラックホールが飲み込む物質のエネルギーのうち、約10%がジェットによって外に持ち出されているという比率が、観測で初めて確かめられたのだ。

この「10%」という値は、宇宙全体の進化をシミュレーションするときに研究者たちが長年「仮定として」使い続けてきた値でもある。つまり、長らく推定値として扱われていたこの割合が、実際の観測でも裏付けられたということになる。理論と観測が初めて噛み合った瞬間、とも言える。

ジェットが宇宙の形を変える

ここまで聞いて「それはCygnus X-1の話でしょ」と思った人がいるかもしれないが、この発見が意味を持つのはそこから先だ。

恒星サイズのブラックホール(太陽の数倍〜数十倍)と、銀河中心に座る超大質量ブラックホール(太陽の数百万〜数百億倍)は、スケールこそ全く違うが、物理的な仕組みは同じ「相似形」として扱えると考えられている。

つまり、今回Cygnus X-1で測定した「落下エネルギーの10%がジェットで運び出される」という値は、宇宙全体の超大質量ブラックホールにも当てはまる可能性が高い。

銀河は中心にブラックホールを持ち、そのジェットが銀河全体の形や星形成の活動に大きく影響する。ジェットが星間ガスを温めたり圧縮したりすることで、新しい星が生まれたり逆に星形成が止まったりする。この「フィードバック」と呼ばれるメカニズムが、なぜ宇宙の銀河があの形に育ったのかを解き明かす鍵だ。

正直、「ブラックホールが飲み込む」という話をずっと当たり前に受け取っていたけれど、同時にエネルギーを「吐き出す」機能がなければ宇宙の構造は今とはまったく異なっていたかもしれない。吐き出す量の10%という数字が、宇宙の銀河の形を決めている。そう思うと少し見方が変わる。


人類が初めてブラックホールの存在を確信した天体が、60年以上の時を経て、今度はブラックホールが「どれほど盛大に吐き出しているか」を教えてくれた。宇宙の観測というのは、最初に見つけた天体を後から何度も見返すことで深まっていくものらしい。