坂田が今月で三回目の吹っ飛びをやらかしたとき、上司の黒田さんは何も言わなかった。
端末に目を落としたまま、ただ深く息を吐いただけだ。
「また回収コスト、部署持ちな」
それだけだった。
坂田の仕事は近接重力域の機器保守だ。ブラックホール連星系の近くに設置してある観測ユニットを、手動でメンテナンスする。難易度はそれほど高くない。吸い込まれないように距離を守って、ユニットに近づいて、ボルトを締め直して戻る。三年前から続けている定番の業務だった。
ところが坂田だけ、なぜか吹っ飛ぶ。
一回目は「装備の不具合」で処理された。二回目は「操作ミス」とされた。三回目ともなると、もはや坂田の個人的な才能と見なされ始めていた。
「坂田くん、何してたの。また同じポジション?」
後輩の村田に聞かれた。
「いや、ちゃんとマニュアル通りに……」
「ユニットの裏から入った?」
「表から、普通に」
村田がちょっと間を置いた。
「表って、どっちの表?」
「え、北側の……」
「北側ってあの、細長い煙みたいのが出てる方向?」
坂田は黙った。
頭の中で三回の飛ばされ方を順番に並べた。一回目、作業開始直後に激しい風圧を受けた。二回目、ユニットに近づいた瞬間に吹き飛んだ。三回目、今日、ボルトを一本も締め終えないうちに宙を舞った。
「……あの煙って、なんですか」
「ジェット。ガスを光速の半分で吹き出してる。入り口じゃなくて出口な、あれ」
「出口」
「そう。表と思ってるやつ、出口。裏のほうが実は入り口というか、安全側」
坂田はしばらく何も言えなかった。
三年間、ずっと吐き出し口の正面に立っていた。
黒田さんに報告しに行くと、上司はまだ端末を見たままだった。
「わかりました」
「原因?」
「はい。私、ずっと……その、出口の正面から作業してました」
黒田さんが端末から顔を上げた。
「三年間?」
「はい」
しばらく沈黙があった。
「毎回吹き飛ばされてたのに、毎回同じとこから入ってたわけ」
「……はい」
黒田さんは額に手を当てた。
「坂田くん、お前がしぶといのか、ジェットが弱いのか、どっちかだな」
「……すみません」
「もう一個聞いていい。なんで毎回同じ方向から入ろうと思ったの」
坂田は正直に答えた。
「マニュアルに『北側アクセス推奨』って書いてあったので」
黒田さんが端末を置いた。
「……見せて、そのマニュアル」
三分後、黒田さんは総務部に内線をかけた。
「マニュアルの北側と南側、逆になってます。たぶん初版から。何年前ですか、あれ」
受話器越しに聞こえた返事に、黒田さんは小さくうなずいた。
「二十三年前か。ありがとうございます」
電話を切った。
「坂田くん、お前は悪くなかった」
「あ……」
「ただ、三回吹き飛ばされてるあいだに一回くらい疑えよ」
坂田はまた黙った。
黒田さんも黙った。
二人の後ろで村田が、気配を消しながら急いで席に戻っていった。