空が三度目の夕やけに変わったころ、ハルは宿題の手を止めずに時間を知った。この星の空は、一日に何度も色を変える。朝は緑。昼はうすむらさき。おやつどきには一回あかくなる。ハルにとって、空はテレビみたいなものだ。見ていれば、なにか起きる。

「ハル、カーテン」

おばあちゃんのツネが、また窓のカーテンを引きにきた。

「こんな落ち着かない空を見ながら、ごはんなんてねえ。目がちかちかするでしょう」

「べつに。ぼく、これで時計わかるもん」

「かわいそうに」

かわいそうに、はツネの口ぐせだった。この三日で、たぶん四十回は聞いた。ツネは、まあ悪気のない人なのだ。悪気がないぶん、たちがわるい。

ツネは遠くの星からやってきた。息子のコウが所帯をもって移り住んだこの星が、どうにも気に入らないらしい。

「うちの星はね、一年じゅう、ちゃーんと青いの。朝も昼も夜あけも、おんなじ青。まともな空っていうのは、ああいうのを言うのよ」

「ふうん」

「ハルも大きくなったら、いちど見にいらっしゃい。ほんとうの空を」

もっとも、ハルには空がじっとしているほうがよほど気味がわるい。雲も動かない。色も変わらない。ずっと青いだけだ。考えただけで、あくびが出た。

父のコウは台所で洗いものをしながら、ときどき肩をすくめた。

「母さん、そのへんで」

「あら、ほんとのことでしょう。あんたも、こんな空の下でよく平気ねえ」

「おれは慣れたよ」

「慣れちゃだめ。かわいそうに」

ツネの自慢は、日ましに大きくなった。しまいには、ハルの学校にまで口を出した。

「空が落ち着かないから、子どもも落ち着かないのよ。ハル、きょうは学校でなにを習ったの」

「星しらべ! 変な空の星をしらべるんだ。三つの陽が沈む星とか、ガラスの雨がふる星とか」

ハルは冷蔵庫をゆびさした。ドアには、集めた絵はがきがマグネットでびっしり貼ってある。行ってみたい、変な星ばかりだ。

「ぼく、ぜんぶ行きたいんだよ」

「まあ、こわいこと。そんな変てこな星ばっかり。おばあちゃんの星みたいな、まともなところへ行きなさい」

ハルの手が、止まった。

「……ばあちゃんの星って、どこ?」

ツネは、ちょっと得意そうに星の名前を言った。ハルの目がまんまるになった。

「えっ、そこ、『いちどで十分星』じゃん!」

「は?」

「クラスのみんな知ってるよ。空が一回も動かないんでしょ。朝も昼も夜もおんなじ青で、なーんにも起きないって。一時間見てられたら勇者なんだ。けど、みんな五分であきちゃうから、だーれも二回は行かないの!」

コウが、洗いものの手を止めてぶっと吹き出した。

「ばあちゃん、お願い。今度そのはがき買ってきて。あの、なんにも起きない空のやつ!」

「……あ、あのね、ハル。あれはね、まともな……」

まともな、の先がツネからなかなか出てこなかった。

ハルはもう聞いていなかった。引き出しから青いクレヨンを出した。まっ白なカードを、はしからはしまで青くぬる。雲もなし。太陽もなし。ただ、青。

「これがばあちゃんの星! すっごいレアなやつ!」

ハルは三つの陽の星とガラスの雨の星のあいだに、青いだけのカードをならべてとめた。ツネの「まともな空」は、その日から冷蔵庫でいちばん変わった星になった。