「町の自慢だったあの星が、消えてしまって」 「だから、おれには関係ないって言ってるだろ」 玄関先で、星をめでる会の委員長タチバナさんが、手帳を胸に抱えなおした。サカイは戸を半分、閉めかけている。 「りっぱな遺影を、一枚だけ、公民館に飾りたいんです。でも……どの写真も、ぼうっとにじんでて」 「そりゃそうだ。この町、空がいつも白くかすんでるだろ。ふつうのカメラじゃ、光がにじんで、ろくに写らん」 「それが、サカイさんだけ、くっきり撮れてるって聞いて」 サカイは奥から、黒い箱みたいなカメラを持ってきた。 「これは熱で見るカメラだ。もやの向こうまで写る。……となりのバカがな、でかい照明をこっちへ向けてきやがる。まぶしくて眠れん。こっちも倍でかいのを立てて、やり返してんだ。証拠にと、毎晩、空へ向けてた」 「はあ、ご近所のことは……」 「いいから見ろって」 画面をのぞいたタチバナさんが、固まった。 「……星が、ないわ」 「あ?」 「ここ。みんなが拝んでた場所。熱のカメラだと、なんにも写ってない。真っ黒で」 サカイものぞきこんだ。たしかに、星があるはずの一点は、ただの黒だった。かわりに、画面の下のほうが、ぽつぽつと白い。 「……これ、町の明かりじゃねえか」 「え」 「もやが町じゅうの明かりをにじませて、上にひとつ、でっかく映してた。あんたらの星は、町が自分の明かりを見てただけさ」 タチバナさんの手帳が、ぱさっと床に落ちた。四十年、会で拝んできた星だという。無理もない。 白い点のなかで、とびぬけて大きいのがふたつ。公民館のやぐらの灯と——もうひとつは、サカイがやり返しに立てた、あのばかでかい照明だった。 「……おれの、じゃねえか」 「三日前、やぐらの灯、修理で消しましたでしょう」 「それで星が死んだ。町でいちばん大きい灯だからな」 「じゃあ、灯せば戻るんですか」 「あんたらの星は、スイッチひとつだ」 タチバナさんの顔が、みるみる明るくなっていった。どうやら、遺影よりずっといい話だと思ったらしい。 その晩、町は決めた。やぐらの灯も、サカイの照明も、いちばん大きな明かりは毎晩ぜんぶ灯しておくこと。となりの照明への苦情は、「あれも星の一部ですから」と、まとめて取り下げになった。 夕方。決まりに従って、サカイは自分のばかでかい照明のスイッチに手をかけた。消したくて二年戦ってきた光を、今度は町のために、自分の手でともす。 もやがぼうっとふくらんで、空の一点が、また白くともった。広場に人が集まって、見上げて、手をふっている。お帰り、お帰り、と。 サカイの窓は、まぶしさでいっぱいだった。手もとの熱のカメラだけが、その光のずっと向こうの、ほんとうの空を写していた。黒い。なんにも、ない。