地球から約97光年の場所に、ちょっとおかしな惑星がある。

大きさは地球の約2倍。主星のすぐそばを17時間ほどで一周する。温度は摂氏500度を超える。そしてその大気は、ほぼ丸ごと水蒸気でできている。

水があるのに、生き物が住めるどころか水自体が液体として存在すらできない。「水の惑星」といえば豊かで青いイメージがあるのに、この天体の実態はむしろ逆だ。地獄に近い。

JWSTが2023年に観測結果を発表してから、この惑星「GJ 9827 d」は惑星科学者の間で密かに注目を集めてきた。なぜかというと、この惑星がそれまで理論的に存在するだろうと言われていた「スチームワールド」と呼ばれる惑星タイプの、初めて観測で確認された実例だからだ。

JWSTはどうやって大気の成分を調べたのか

望遠鏡で惑星を直接撮影して「これは水蒸気です」と言えるわけではない。GJ 9827 dは主星の光に比べて遥かに小さく暗く、直接見るのは難しい。

JWSTが使ったのは「透過光観測」と呼ばれる手法だ。

惑星が主星の前を横切るとき(トランジットという)、主星の光の一部が惑星の大気をかすめて地球に届く。このとき、大気中にある分子は自分たちの得意な波長の光だけを選んで吸収する。届いた光をスペクトル(波長ごとの明暗の分布)として調べると、どの波長が少し暗くなっているかが分かる。その「暗い波長」の組み合わせが、分子の種類の「指紋」になる。

透過光観測のしくみ

水分子は近赤外線の特定の波長を吸収する。JWSTの近赤外線分光器(NIRSpec)はその波長帯を非常に高い精度で計測できる。GJ 9827 dのスペクトルには、水分子の指紋が他に比べて圧倒的に強い形で刻まれていた。

水蒸気以外の成分——たとえば水素やヘリウム、メタン——の痕跡はほとんど検出されなかった。研究チームはこの結果を、「大気が水蒸気でドミネートされている」と解釈した。

ここが驚きだった。普通、惑星の大気は複数のガスが混在する。地球は窒素78%・酸素21%だし、金星は二酸化炭素96%と窒素3.5%。ほぼ単一の成分で大気が成り立つ惑星は、太陽系には存在しない。GJ 9827 dは、その常識を破った天体ということになる。

もちろん「ほぼ水蒸気しかない」と言い切るには、まだ確認が必要な部分もある。大気が非常に薄くて観測の誤差が重なっている可能性もゼロではない。ただし、この観測はJWSTによる複数回のトランジット観測を積み重ねたものであり、研究者たちの間でも「現状でもっとも信頼できる解釈」として受け入れられている。

「スチームワールド」とはどんな惑星なのか

系外惑星の分類は、実はまだ大ざっぱなところがある。「岩石惑星」「海洋惑星」「ミニ海王星」「ガス惑星」といった分類があるが、これらは理論的・統計的な整理であって、観測で直接確かめられた例が多いわけではない。

スチームワールドは、岩石惑星とミニ海王星の間の大きさ(地球の1.5〜2倍くらい)に存在し得る惑星タイプだ。

系外惑星の分類とスチームワールドの位置

こういう大きさの惑星がどんな種類かを考えると、大まかに2つのシナリオがある。

一つは、岩石や金属でできた核の周りに薄い大気をまとった岩石惑星。もう一つは、大量の水を取り込んだ核の周りに水素とヘリウムがまとわりついたミニ海王星。

スチームワールドはその「どちらでもない」第三の可能性として提案されていた。岩石や氷でできた核があり、そこから蒸発した水蒸気が大気の大部分を占める。惑星が主星に近い軌道に移動してきたため、ガスの大部分は宇宙空間に逃げてしまったが、水蒸気だけは重力でなんとか引き留めている——そんな状態だ。

「サブ海王星の谷」という謎との関係

観測が進むにつれて統計的に浮かんできた不思議なパターンがある。「サブ海王星の谷」と呼ばれる現象だ。

系外惑星を大きさでプロットすると、地球の1.5倍から2倍くらいのサイズに、惑星が少ないゾーンができる。岩石惑星はたくさん見つかる。ミニ海王星もそこそこ見つかる。でもその間だけが妙に空いている。

なぜ中間サイズが少ないのか。有力な解釈は「大気の蒸発」だ。

中間サイズの惑星が主星のそばにあると、強烈な放射線によって大気がどんどん剥ぎ取られる。もともとミニ海王星だったものが大気を失って小さくなり、岩石惑星になってしまう。この「変身」が中間サイズを減らしている、というシナリオだ。

GJ 9827 dはちょうどその谷の境界付近にある。「蒸発の過程にある惑星」として観測することで、大気の剥離がどのように起きるかの実例データが得られる。それが研究者たちがこの惑星を重視する理由の一つでもある。

水があっても「生命が住める惑星」じゃない

水は生命にとって重要だ、という話は正しい。ただ「水があれば生命がいる」という話は全く別だ。

GJ 9827 dの表面温度は推定で500度を超える。水が液体として存在できる温度域(0〜374度、1気圧換算)をはるかに上回っている。大気の水蒸気は、ぐつぐつ沸騰し続けているのではなく、液体になれないほど高温・高圧の状態で漂っているようなイメージだ。

GJ 9827 d の大きさ比較

しかも GJ 9827 d が周回する主星は赤色矮星(M型星)という種類で、太陽より小さく温度が低い代わりに、強烈なフレア(爆発的なガスの噴出)を頻繁に起こす。惑星はその近くをぐるぐる回っており、放射線にさらされ続けている。

水蒸気大気が長期間維持されているとしたら、それ自体がちょっと不思議なくらいだ。現在の理論では、この大気はかなりゆっくりと宇宙空間に逃げ続けており、数十億年のスパンで見れば徐々に薄くなっていく可能性が高いと考えられている。

「第4の惑星カテゴリ」が開く問い

スチームワールドが存在することが観測で確認されたとして、それは何の役に立つのか。

一つは、惑星の「生い立ち」を理解する手がかりになる。惑星はどこでどのように材料を集め、どんな経路をたどって今の姿になったのかを、サイズ・大気組成・軌道の組み合わせから推測できる。スチームワールドは「岩石惑星になれなかった、またはなりかけた」惑星の姿として、その移行プロセスの証拠を提供する。

もう一つは、「生命の条件」に関する問いの整理だ。水があれば可能性があると言うなら、水蒸気だけでできた惑星は可能性があるのか。答えはほぼ「ない」なのだが、「なぜないのか」を具体的に説明できるようになることで、どんな条件が揃えば「あり得る」に近づくのかが見えてくる。

液体の水が安定して存在できる温度域(ハビタブルゾーン)に、GJ 9827 dのような水分子に富んだ惑星がもし存在したとしたら、話は変わってくる。今のところそんな惑星は見つかっていないが、スチームワールドという概念が確立されたことで、探す対象のリストに新しい項目が加わったことになる。

97光年という距離は、光の速さで97年かかる距離だ。探査機を飛ばして確かめに行ける場所ではない。ただ、JWSTが近赤外線で捉えた光のパターンは、その距離を超えて届いた証拠だ。水の分子がどの波長を吸収するかは、地球でも宇宙の果てでも変わらない。

分子の指紋が、宇宙を渡ってくる。そこに惑星科学の地道なおもしろさがある。