2024年5月、太陽は久しぶりに本気を出した。

太陽フレアとコロナ質量放出(CME)が連続して発生し、地球では北海道でもオーロラが見られるほどの磁気嵐になった。そのニュースはSNSを駆け巡ったが、同じ嵐は火星にも到達していた。しかも地球とはまるで違う経験として。

NASAの複数の探査機、MAVEN、オデッセイ、キュリオシティ、インサイトが、この嵐の火星到達を同時に計測した。地球側でオーロラ写真を撮っていた人たちと同じころ、火星では放射線量が急激に跳ね上がり、観測史上最高水準に達した。

なぜ、同じ嵐でこれほど違う結果になるのか。その答えは、地球にあって火星にないものに行き着く。

磁気圏という「透明な盾」

地球は巨大な磁石だ。内部にある液体鉄の対流が磁場を生み出し、地球全体を気泡のように包んでいる。これが磁気圏と呼ばれる構造で、太陽から飛んでくる荷電粒子の多くを弾き飛ばすか、極地方に誘導する。

オーロラは、この誘導が起きている場所だ。磁力線に沿って大気に飛び込んだ粒子が、窒素や酸素の原子と衝突して光を放つ。見た目は美しいが、要するに「ここで粒子が止められた」証拠でもある。

火星にはこの仕組みがない。

かつては磁場があったと考えられている。約40億年前まで、火星も地球のような内部対流を持っていたらしい。だが何らかの理由で火星のコアが冷えて固まり、磁場が急速に弱まった。今の火星が持つのは、局所的な地殻磁場の断片だけだ。ちょうどモザイクのように一部の岩石が過去の磁場を記録しているが、惑星全体を包む磁気圏としては機能していない。

地球と火星の磁気圏比較

結果として、太陽嵐が来ると、地球では弾き飛ばされる粒子が火星ではそのまま大気に、さらには地表に降り注ぐ。

「観測史上最高」が何を意味するか

2024年5月の太陽嵐のとき、キュリオシティローバー(Curiosity)が搭載した放射線センサーRADは、8.1 mGy(ミリグレイ)という値を記録した。通常の1日の線量の何十倍もの値が、嵐のピーク時にまとめて降ってきた形だ。

比較のために言うと、全身CTスキャン1回で受ける線量はおよそ10 mSv(ミリシーベルト)程度。線量の単位が違うので単純比較はできないが、嵐の数日間で積み上がった線量は、医療的に「ゼロではない」レベルに達する。

もちろんキュリオシティはロボットなので何の問題もない。

しかし、もしその場に人間がいたら?

地球上では、宇宙飛行士の生涯許容線量の目安として600 mSv(NASAの古い基準)が設定されてきた。火星への往復と滞在を合わせた総被曝量は、現在の技術のまま宇宙船に乗っていくと、この上限に届くか超えてしまう可能性がある。そこに太陽嵐が加わると、話はもっと深刻になる。

火星と地球の放射線量比較グラフ

大気が薄い理由も、実は同じ問題

放射線が直撃する問題と、もうひとつ地続きの問題がある。大気の薄さだ。

火星の大気圧は地球の約0.6%。息もできないし、燃えるほどの摩擦熱もなく隕石が降ってくる。この薄い大気が生まれた理由のひとつが、長年にわたる「大気の剥ぎ取り」だった。

磁場がなくなった火星に、太陽嵐が繰り返し当たるたびに、大気の粒子が宇宙へ吹き飛ばされていった。これをNASAのMAVEN(火星大気・揮発物質進化探査機)が直接観測した。嵐のたびに、火星の大気は少量ずつ消えていく。

数十億年かけてそれが積み重なると、地球の100分の1以下の大気圧しか残らない。今の火星の薄さは、磁場を失ったことへの「長期的なツケ」でもある。

太陽嵐が火星大気を剥ぎ取る仕組み

この観点から見ると、地球の磁気圏はただ粒子を弾いているだけでなく、大気そのものを守っている盾だとわかる。地球が今も濃い大気と豊富な水を持っているのは、磁場を生み続けるコアの熱が続いているからだ。

火星で人が生き延びるには

では、これを踏まえて有人火星探査はどうなるか。

今のところ考えられている対策は、大きく3つに分類できる。

1. 宇宙船と居住棟の遮蔽強化 ポリエチレンなど水素を多く含む素材が放射線を散乱させる効果があるとわかっている。水タンクを壁の周囲に配置するアイデアもある。ただし重量が増えると打ち上げコストが跳ね上がるので、全方向を完璧に覆うのは難しい。

2. 太陽嵐の事前予報とシェルター退避 嵐の到達には地球を出発してから火星まで数分〜十数分かかる(電磁波は光速だが、粒子はもっと遅い)。太陽表面での爆発を観測してから到達までに数時間〜数日の余裕がある場合もある。この時間に最も遮蔽の厚い「嵐シェルター」へ退避する計画が有力だ。地下も有効で、岩盤1〜2メートルでほぼ完全に遮蔽できる。

3. 滞在期間の最適化 太陽活動は約11年周期で増減する。活動が低い時期を狙って往復できれば、大型フレアのリスクを下げられる。ただし宇宙船の軌道条件と太陽活動の低い時期が重なるかは、相当な制約になる。

これらの組み合わせで「許容範囲内に収める」のが現実的な方針とされているが、完全な解決策はまだない。

有人火星探査における放射線対策の課題

銀河宇宙線という、もうひとつの問題

実は太陽嵐より、もっと対処しにくい脅威がある。銀河宇宙線(GCR)だ。

これは太陽系の外、遠い超新星爆発などで生み出された高エネルギー粒子で、あらゆる方向から絶え間なく降り注ぐ。太陽嵐のような「突発的なピーク」とは違い、常時じわじわと積み上がり続ける。

面白いことに、太陽活動が低い時期のほうが銀河宇宙線は増える。太陽風が強いときは逆に銀河宇宙線を弾いてくれる効果があり、嵐と銀河宇宙線はトレードオフの関係にある。「嵐が少ない時期に行けば安全」とはならない理由がここにある。

地球では磁気圏が銀河宇宙線の多くも弾いてくれる。火星にはその恩恵もない。

磁場がある星の「当たり前」を疑ってみると

地球に住んでいると、磁気圏の存在はまったく意識しない。でも実際には、地上のすべての生命が磁気圏という巨大な盾に守られて生きている。

太陽嵐が来るたびにオーロラが出る。その光の裏側では、何億もの荷電粒子が惑星の盾にはじかれ、極地に誘導されている。地球はそういう星だ。

火星はそういう星ではなくなった。それがいつ、どうして起きたかを解明することは、地球の磁場の寿命を考えることにもつながる。

2024年5月の嵐を観測した各国の探査機は、火星の「過酷さ」を数値として記録しただけでなく、人類が次に踏み出すとき直面する問題を改めて突き付けた。宇宙の旅は、磁場という見えない盾の外に出ることでもある。


参考: NASA/MAVEN, NASA/Curiosity RAD, ESA Mars Express 各観測データ、NASA 2024年5月太陽嵐観測報告