正直、最初に数字を見たとき、少し笑ってしまった。
ハッブル宇宙望遠鏡が一度に撮れる空の範囲を1とすると、次世代機は約100倍。月の見かけの大きさの5個分を、一枚の画像に収める。それが、2026年に打ち上げ予定の「Nancy Grace Roman宇宙望遠鏡(以下、Roman)」だ。
ハッブルが30年以上かけてやってきたことを、Romanは数年でやり直してしまうかもしれない。そんな話をしたい。
ハッブルの偉大さと、その「弱点」
ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した「ハッブル・ディープ・フィールド」という画像がある。1995年、あえて何もない空の一点を向け、10日間露出し続けて撮られた写真に、何百もの銀河が映っていた。当時、世界は衝撃を受けた。あの「何もない」と思っていた暗い点の奥に、無数の銀河があった。
でも、その写真がカバーした空の範囲は、月の直径の約1/12という極端な狭さだった。
ハッブルは解像度は素晴らしいが、視野が狭い。ちょうど、ものすごく高性能な単眼鏡で夜空を眺めるようなもので、見える範囲は鮮明だが、一度に見渡せる空はほんの少しだ。宇宙の全体像を掴むには、何千回も「向き」を変えて撮影を繰り返すしかなかった。
これがRomanになると、話が変わる。ハッブルと同じ口径(2.4メートル)の主鏡を持ちながら、視野角は約0.281平方度。ハッブルの約100倍の空を一度に撮影できる。同じ画質で、同じ宇宙の深みを見ながら、100倍速く宇宙地図を描いていける計算だ。
なぜ「広い視野」がそんなに大事なのか
ここで少し立ち止まりたい。なぜ視野が広いと、できることが増えるのか。
宇宙の謎の多くは、「一点を詳しく見る」だけでは解けない。パターンを見るには、広く見る必要がある。
たとえば、宇宙が加速膨張しているという事実がある。1990年代末の発見で、これはその原因となる「何か」が宇宙に満ちているらしいと考えられている。その「何か」をダークエネルギーと呼ぶが、正体は今もわからない。
このダークエネルギーの性質を調べるには、銀河の分布のパターンを宇宙規模で調べる必要がある。数十億光年にわたる銀河の配置の統計から、宇宙の膨張の歴史を読み解く。そのためには、一点を深く見るより、広く、多くの銀河を一度に捉えることが重要になる。
ハッブルでそれをやろうとすると、気の遠くなるような観測時間が必要だ。Romanなら、比較にならない速さで大量のデータを集められる。これは単なる効率の話ではない。今まで見えなかったパターンが、初めて見えるようになるということだ。
Roman が挑む3つの謎
RomanはNASAが開発してきた、いわば「広角な宇宙望遠鏡」だ。主なターゲットは3つある。
ひとつ目は、ダークエネルギーの正体。宇宙の全エネルギーの約68%を占めるとされながら、直接観測できない謎の存在。Romanは10億個以上の銀河の分布と動きを追い、ダークエネルギーが一定なのか変化しているのかを検証する。現在の宇宙物理学の根幹に関わる問いだ。
ふたつ目は、銀河系内の系外惑星探索。Romanは「マイクロレンズ法」という手法を使い、ケプラー宇宙望遠鏡が得意としたトランジット法では捕まえにくかった遠い軌道の惑星を数万個規模で発見できると期待されている。銀河系の惑星分布の統計地図を作ることで、「地球サイズの惑星はどれくらい普遍的か」という問いに答えに近づく。
みっつ目は、宇宙の大規模構造の理解。銀河は宇宙空間に均一に分布しているわけではなく、フィラメント状の糸でつながった「宇宙の網の目」の上に集まっている。Romanはこの三次元的な構造を広い視野で継続的に観測し、宇宙がどのように現在の姿に育ったかを追跡する。
どれも「ひとつの銀河を詳しく見る」では解けない、統計と広域マッピングが必要な問いだ。
遠くを見ることは、過去を見ること
Romanが観測できる距離は、数十億から百億光年以上に及ぶ。光年というのは「光が1年で進む距離」で、100億光年先の光を見るということは、100億年前の宇宙の姿を見ているということでもある。
宇宙の年齢は約138億年とされている。Romanは宇宙の歴史の大部分にわたる時間軸をカバーする深さで観測できる。最初の銀河が生まれた頃から現在まで、宇宙の「成長アルバム」をまとめて撮影するようなイメージだ。
特に、宇宙が「最盛期」を迎えた80〜100億年前は、銀河形成が最も活発だった時代と言われる。Romanはこの時代の銀河を大量に捉え、何が銀河の成長を促し、何がそれを止めたのかを調べる重要なデータを提供する。
望遠鏡の「名前」に込められたもの
「Nancy Grace Roman」という名前は、NASAの初の女性チーフ・アストロノマーだったナンシー・グレース・ロマン(1925–2018)に由来する。彼女は1960年代から70年代、ハッブル宇宙望遠鏡の概念を育てた人物の一人で、「ハッブルの母」とも称される。2018年に亡くなる前に、次世代の大型宇宙望遠鏡に自分の名がつけられることを知ったという。
本人もさぞ喜んだだろうな、とは思う。ただ同時に、ハッブルを育てた人の名を冠した望遠鏡が、ハッブルの100倍の視野を持つというのは、少し皮肉でもあり、感動的でもある。
打ち上げは2026年、その後の宇宙観測は
Romanの打ち上げは2026年を予定しており、SpaceXのFalcon Heavyロケットで打ち上げ、JWSTと同じL2点(太陽-地球のラグランジュ点の一つ、太陽と反対側の安定した軌道)に配備される。設計寿命は5年で、最大10年の運用が想定されている。
JWSTが驚異的な遠方宇宙の画像を提供し、ダークホール状天体の細部を映し出したとすれば、Romanは宇宙全体のマクロな構造を統計的に把握するためのデータを提供する。二つは競合ではなく、補完関係にある。
JWSTで「深く」、Romanで「広く」。宇宙を理解するには、両方の目が必要だったのかもしれない。
研究者たちはすでにRomanのデータを使って何をするか構想を練っている。2030年代には、RomanとJWSTのデータを組み合わせた宇宙論の研究が本格化するはずだ。
打ち上げまであと少し。Romanが最初の光を捉えるとき、その一枚の画像にどれだけの銀河が映るか、少し楽しみにしている。