赤くにじむガスの中に、塵が花輪(リース)のように丸く連なっている。その輪の内側で、重い星が激しく燃えて自分の最期へ向かい、輪の縁では、別の星が今まさに生まれようとしている。

死と誕生が、同じ一枚の写真におさまっている。

これは地球から約20万光年先、小マゼラン雲という小さな銀河の外れにある星団、NGC 602の姿だ。NASAの発表した画像を見て、正直、よくできた作り物に見えた。だが全部、本物の観測データである。今日はこの「星の循環の現場」をのぞいてみたい。

この花輪は、2つの望遠鏡を重ねた1枚

まず、あの花輪に見えるものの正体から。

NGC 602の画像は、性格のまったく違う2台の宇宙望遠鏡が撮ったデータを、1枚に重ね合わせて作られている。片方はNASA/ESA/CSAのジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)。赤外線(人の目には見えない、熱っぽい光)をとらえる目だ。

もう片方はNASAのチャンドラX線観測衛星(Chandra)。こちらはX線、つまりレントゲン写真と同じ、ものすごく高いエネルギーの光を見ている。

JWSTの赤外線とChandraのX線という2台の観測を重ねて1枚の合成画像が作られている

画像の中で、塵が織りなす橙や黄のリングはJWSTが見た赤外線。赤くにじむ部分はChandraがとらえたX線だ。色は実際の見た目ではなく、見えない波長を区別するために割り当てた目印にすぎない。

ここで一つ覚えておいてほしい。リングをつくっている橙色は、星の材料そのものである塵やガスだ。そして赤いX線は、その中で激しく燃える若い星たちが出している。つまり一枚の中に、星の「材料」と「現役」が同居している。ではこの星団、いったいどこにあるのか。

天の川の外、20万光年先の伴銀河

NGC 602がある小マゼラン雲は、私たちの天の川銀河のまわりを回る伴銀河(衛星のように付き従う小さな銀河)だ。地球からの距離はおよそ20万光年とされる。

20万光年と言われても、たぶん何も感じない。私もそうだった。

少し翻訳してみる。天の川銀河は、端から端までで直径およそ10万光年。NGC 602までの20万光年というのは、その天の川を丸ごと2回またぐより、まだ遠い場所だ。私たちの銀河の「外」にある別の銀河の話をしている、ということになる。

NGC 602までの20万光年は天の川の直径10万光年を2回またぐより遠い

光の速さで20万年。今この瞬間に望遠鏡が受け取っている光は、地球にまだ人類がいなかったころに、あの星団を出発したものだ。それがようやく届いて、いまレンズの上で像を結んでいる。

わざわざ天の川の外まで見に行く理由がある。実は、ここが「昔の宇宙」をのぞく窓になっているのだ。

重元素が少ない、若い宇宙に近い環境

NASAの説明によると、小マゼラン雲は、私たちの太陽の近所に比べて重い元素(水素やヘリウムより重い、炭素や酸素、鉄などの総称)が少ない。

これが、地味だが大事な話だ。

宇宙が生まれて間もないころ、星の材料はほぼ水素とヘリウムだけだった。炭素も酸素も鉄も、まだほとんど存在しない。それらは星の内部で作られ、星が死ぬときに撒き散らされて、少しずつ宇宙に溜まっていったものだからだ。

つまり「重い元素が少ない」というのは、化学的に見れば「若い宇宙に近い」ということになる。小マゼラン雲は、その若い状態をいくらか残したまま、今も星を作りつづけている。

遠い昔の宇宙を直接見るのは難しい。距離が遠いほど光は薄れ、細部はぼやけてしまう。けれど、すぐ隣(といっても20万光年だが)にある似た環境なら、はっきり観察できる。研究者がこういう天体に注目するのは、そういう事情だ。手の届く距離に、過去のサンプルが置いてあるようなものだ。

では、その環境で起きている「循環」とは、具体的にどういうことか。

死んだ星が、次の星を点す

NASAによると、リングの中心付近にいる若くて重い星は、強い恒星風(星から吹き出すガスの流れ)を放ち、高いエネルギーのX線を出している。Chandraが見ていた赤い光の正体は、これだ。

重い星は派手に生きて、早く死ぬ。

その短い一生の間に、彼らは周囲のガスと塵を、恒星風と放射でぐいぐい吹き払う。すると、押しのけられたガスは外側へ集まり、縁のところで濃く圧縮される。濃く縮んだガスは、自分の重さで潰れて、新しい星のたねになる。

中心の重い星が放つ恒星風が周囲の塵を押し縮め、その縁で次の星が生まれる

つまり、先に生まれた重い星が暴れることで、次の世代の星が生まれる場所が用意される。NGC 602で、星の死へ向かう過程と、別の星の誕生が同居して見えるのは、このためだと考えられている。

しかも面白いのはここからで、Chandraは中心の重い星だけでなく、輪のあちこちに散らばる何千もの若くて軽い星からも、まとめてX線のぼんやりした輝きをとらえている。重い星だけのショーではなく、小さな星も含めた星団まるごとが、できたてほやほやだということだ。

材料も、生まれるきっかけも、ひと世代前の星から受け継がれている。これを「星の循環(circle of life)」と呼ぶわけだ。

なぜ死と誕生が「同時」に見えるのか

ここで素朴な疑問が湧く。死ぬ星と生まれる星が、なぜ都合よく同じ写真におさまるのか。タイミングが良すぎないか、と。

カラクリは、星の寿命のスケールにある。

重い星は、宇宙の時間で見ればごく短い間に燃え尽きてしまう。それでも、人の感覚からすればはるかに長い時間だ。一方で、新しい星がガスの雲から生まれてくるのにも、長い時間がかかる。だから一つの星団の中では、先に生まれた重い星が最期に近づく時期と、その近くで次の星が生まれてくる時期が、ごく自然に重なり合う。

人の一生に喩えるのは乱暴だが、あえて言えばこうだ。一つの街にお年寄りも赤ん坊もいるのは当たり前で、撮った写真に両方が写っても偶然ではない。星団でも同じことが起きている。ただし、ずっとゆっくりした時計の上で。

NASAは同じ発表の中で、地球から約2,500光年にあるNGC 2264(「クリスマスツリー星団」とも呼ばれる)も並べて紹介している。こちらは年齢がおよそ100万〜500万歳とされる、これまた若い星の集まりだ。生まれて間もない星団をいくつも見比べることで、星づくりの現場に共通する仕組みが浮かび上がってくる。

NGC 602が一枚の花輪に見えるのは、たまたまのスナップではない。長い時計の上で、世代交代がちょうど折り重なる場面を切り取ったものなのだ。

この循環は、あなたの体の中にもある

遠い銀河の話に聞こえるかもしれない。でも、この循環はずっと身近なところまで続いている。

あなたの骨に含まれるカルシウム。血の中を流れる鉄。呼吸でやりとりする酸素。これらの重い元素は、宇宙のはじめには存在しなかった。どこかの星の内部で作られ、その星が死ぬときに撒かれた「お下がり」だ。

私たちの太陽系も、過去の星が死んで残した材料の雲から生まれている。NGC 602で今まさに起きていることの、ずっと後の続きが私たち自身なのだ。白状すると、星のニュースを「遠い世界の絵」として眺めていたころの自分には、ここがまるで見えていなかった。

もしあなたがあの花輪の縁に立てたとしたら、空はだいぶ違って見えるはずだ。重元素の少ない、若い宇宙に近い環境。生まれたての青白い星が密集し、塵のカーテンの向こうで、次の星のたねがぽつぽつと点きはじめている。

20万年前にあの場所を出た光が、いま地球の望遠鏡に届いて、骨にカルシウムを持つ私たちが、それを花輪だと言って眺めている。