何十光年も先の惑星に、空気があるかどうか。
そこへは誰も行けないし、どんな望遠鏡で拡大しても点にすらならない。なのに天文学者は平然と「あの惑星には大気がある」と言ってのける。どうやって確かめているのか、私はずっと不思議だった。
種を明かすと、彼らが読んでいるのは惑星ではない。惑星のわきをかすめて届いた、星の光の「色」だ。今日はその読み方の話をしたい。
そもそも、惑星の姿は見えていない
まず身も蓋もない話をする。系外惑星(太陽以外の星をまわる惑星)の姿は、ほとんど誰も直接は見ていない。
これまでに確認された系外惑星は6,000個を超える。最初の一個が見つかったのが1995年だから、約30年でここまで増えた。ところがその大半は「撮影できた」わけではない。星のまばゆい光の真横にある小さな惑星は、光にのみ込まれて見えなくなる。
満月のすぐ横に浮かぶ豆電球を、遠くから見分けようとするようなものだ。まぶしさに負けて、豆電球はまず見えない。
だから研究者は発想を変えた。惑星そのものを見るのをあきらめ、代わりに「惑星が星の光にどんないたずらをするか」を読むことにしたのだ。
では、その光の何を手がかりにすればいいのか。
惑星が星の前を横切る、その数時間
手がかりの入り口は、惑星が主星の前を横切る瞬間にある。
地球から見て、惑星がちょうど星の手前を通ると、星のごく一部が惑星に隠される。すると星の明るさが、ほんのわずかに暗くなる。この現象を「トランジット(通過)」と呼ぶ。
減光の幅は、惑星と星の大きさ次第でだいたい0.01%から1%ほど。たとえば地球サイズの惑星が太陽サイズの星を横切ると、暗くなるのはおよそ0.008%。100万分の84という、気の遠くなるような小ささだ。
しかもこの通過は、惑星が一周するたびに規則正しく繰り返す。研究者は同じ通過を何度も観測し、弱い信号を根気よく重ね合わせて浮かび上がらせる。一回きりでは埋もれてしまう手がかりを、回数で引き上げるわけだ。
肉眼どころか、少し前の望遠鏡でも見逃していた変化だ。それを測れるようになっただけでも大きな進歩なのだが、話はもう一段先へ進む。
惑星に空気があると、この通過のあいだに、面白いことが起きる。
空気は、光に「指紋」を残す
惑星が星の手前に来た数時間、星の光のごく一部は、惑星の縁にある大気をかすめて地球へ届く。この「大気を通り抜けた光」が主役だ。
白状すると、私はこの仕組みを長いこと「惑星を直接のぞいている」のだと誤解していた。実際はまるで違う。読んでいるのは、大気というフィルターを一度くぐった星の光なのだ。
色つきセロハンを一枚はさむと、向こうの光の色が変わる。あれと同じことが、惑星の大気という巨大なフィルターで起きている。
ここで光の性質を思い出してほしい。太陽の光をプリズムに通すと、虹のように色が分かれる。気体はこの虹の中の「特定の色」だけを吸い取る性質を持つ。水蒸気、二酸化炭素、メタン──気体ごとに吸い取る色が決まっている。
だから大気を通った光をよく調べると、虹のところどころが欠けている。どの色が欠けたかを見れば、大気にどんな気体があるか読める。人間ごとに指紋が違うように、気体ごとに欠け方が違うのだ。
通過中の光と、通過していないときの光を比べる。その差が、惑星の大気そのものになる。星の光を分解して調べるこの手法を「透過分光」という。
ただし、その差はあくまで通過中のごくわずかな色の変化にすぎない。埋もれた差を選り分けるのが、この手法のいちばん難しいところだ。理屈だけ聞くと案外あっさりできそうなのに、相手が岩石惑星になると急に牙をむく。
岩の惑星では、手がかりがリンゴの皮になる
なぜ岩石惑星だと難しいのか。カギは「大気の厚み」と「惑星の小ささ」だ。
木星のような巨大ガス惑星は、体が大きいうえに大気そのものが分厚い。だから光をかすめる大気の面積が広く、指紋もくっきり残る。捉えやすい相手なのだ。
ところが地球のような岩石惑星は、まず体が小さい。おまけに大気が驚くほど薄い。地球の空気は、その大半が地表からわずか十数キロの層に収まっている。半径6,371キロの地球にとって、これは表面をうっすら覆う膜でしかない。
イメージしにくいので身近な大きさに縮めてみる。地球を直径13センチのリンゴに例えると、大気の厚みはリンゴの皮1枚分にすら届かない。
この薄皮をかすめた光の欠けを、何十光年もの距離から読み取る。この薄さを知ったとき、よくもまあ捉えられるものだと半ば呆れた。手がかりは、巨大ガス惑星に比べて桁違いに小さいのだ。
だから系外惑星の大気研究は、まず捉えやすい巨大ガス惑星から始まった。岩石惑星は長いあいだ、手が届かない相手だった。それが近年、薄皮の指紋までぽつぽつ捉えられ始めている。何が変わったのか。
JWSTという、反則級の目
流れを変えたのは、2021年に打ち上げられたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)だ。
JWSTは差し渡し6メートルを超える大きな鏡を持ち、赤外線という、人の目には見えない光を精密に読む。この赤外線の領域にこそ、水や二酸化炭素といった気体の指紋がくっきり現れる。つまり岩石惑星の薄い大気を狙うのに、これ以上ない道具なのだ。
いま研究者が熱心に狙っているのは、地球からおよそ40光年先にある星をまわる、地球サイズの惑星群(TRAPPIST-1)などだ。中には、水が液体でいられそうな距離を回る惑星もある。
40光年といえば、光の速さで進んでも40年かかる距離だ。いま望遠鏡が受け取っている光は、私たちがその惑星の名前すら知らなかった頃に、あの大気を抜け出してきたことになる。
想像してみてほしい。もしあなたがその岩石惑星の夜側に立ち、主星が地平線へ沈む瞬間を眺めていたとする。その光の一部は今まさに、あなたの頭上の大気をかすめて宇宙へ抜け、何十光年か先の望遠鏡へ向かっている。
そして2026年に入り、生命がいられそうな距離をまわる岩石惑星でも、大気の兆候をとらえたとする報告が出はじめた。ここは慎重に言葉を選びたい。観測チームが確かめたのは、あくまで「光の欠け方に大気らしい特徴がある」という一点だ。「地球のような空気が確定した」わけではない。
観測された事実と、そこから研究者が導く解釈は、別のものとして扱う必要がある。この線引きを飛ばすと、話はすぐに誇張へ転がってしまう。
では、大気があるとわかったら、それでゴールなのだろうか。
「空気がある」とわかっても、まだ答えではない
正直に言えば、大気の発見はスタートラインに近い。
たとえ気体が見つかっても、それが生命の営みで生まれたのか、火山や岩石の反応で生まれたのかは、光の欠け方だけでは決めきれない。同じ指紋を残す原因がいくつもあるからだ。だから研究者は、複数の気体の組み合わせや量の比を突き合わせ、慎重に解釈を積み上げていく。
それでも、方法そのものは驚くほど地に足がついている。誰も惑星に近づいていない。ただ、大気を一度くぐった光の色を、根気よく読んでいるだけだ。
夜空のどこかで、いまも岩の惑星が主星の前を横切っている。何十光年も昔にその大気を通り抜けた光が、今夜どこかの望遠鏡の鏡に届き、一本のグラフの小さなくぼみに変わっている。空気があるかどうかの答えは、もうその光の中に書き込まれている。