犯人はもう、どこにもいない。6600万年前に恐竜を滅ぼした岩の塊は、地球にぶつかった瞬間に蒸発し、跡形もなく消えた。

なのに、その身元が最近になって割れた。手がかりは、世界中の地層にうっすら残った一本の粘土の線と、そこに含まれるニッケルの「指紋」だけだ。読み解いた結果は、木星の外の冷たい場所で生まれた、隕石全体の数%しかない珍しい石だった。

本体が消えても、出身地は残る。その不思議な話をたどってみたい。

6600万年前、都市サイズの岩が落ちてきた

まず、何が落ちたのか。今回の研究のニュース発表によると、地球に衝突したのは直径10〜15kmの岩の塊だった。時速はおよそ6万4千km。

数字だけ見てもピンとこないので、身近なスケールに置き換えてみる。直径10km超といえば、エベレスト(標高約8.8km)をまるごと上回る大きさの岩だ。それが時速6万4千km、つまり東京から大阪までの約400kmをおよそ20秒で駆け抜ける速さで、地表に突き刺さった。

直径10〜15kmの岩がエベレストより大きく、時速6万4千kmは東京大阪間を約20秒で走る速さ

落ちた先は、いまのメキシコ・ユカタン半島のあたり。ここには「チクシュルーブ・クレーター」と呼ばれる巨大な衝突跡が地下に埋もれている。この一撃で、当時の生物のおよそ75%が姿を消したとされる。羽毛を持たない恐竜たちも、このとき絶滅した。

6600万年前と言われても遠すぎて実感がわかないが、私たちホモ・サピエンスが地球に現れたのはせいぜい数十万年前。恐竜が消えたのは、その気の遠くなるほど前の出来事だ。当時、後に人間へとつながる哺乳類は、まだ夜の物陰でこそこそ暮らす小さな存在にすぎなかった。

ここまでは、教科書でもよく語られる話だ。ところが「では、その岩はいったいどんな石だったのか」という問いには、長いあいだ答えが出せずにいた。

消えた犯人の、たった一つの置き土産

なぜ答えが出せなかったか。理由は単純で、犯人の本体がまるごと蒸発してしまったからだ。

秒速十数kmで突っ込んだ岩は、衝突の熱で気化し、砕けて世界中に飛び散った。回収して「はい、これがCT検査の結果です」とやれる石の塊は、地球のどこにも残っていない。

ただし、まったくの手ぶらで消えたわけではなかった。飛び散った微粒子は、ゆっくりと地表に降り積もり、世界中の地層にごく薄い一本の線を刻んだ。粘土でできた、その境目の線だ。

白状すると、地層のこの一本線がここまで雄弁だとは、長いこと思っていなかった。実はこの線は、恐竜がいた時代とその後の時代を分ける「しるし」として、以前から知られていた。1980年、この粘土層に地球の地殻ではめったにない金属イリジウムが濃く含まれていることが見つかり、「巨大な天体が落ちたのでは」という説の決め手になった経緯がある。

つまり、犯人は本体を消す代わりに、地層という現場に微量の金属をばらまいていった。問題は、その置き土産から出身地まで読み取れるかどうかだった。

ニッケルには、生まれた場所の「なまり」がある

ここで主役になるのがニッケルという金属だ。面白いのはここからで、ニッケルには「同位体」という兄弟がいる。

同位体とは、同じ元素なのに重さがわずかに違う原子のこと。ニッケルにも軽いものと重いものがあり、その混ざり具合の比率は、実は太陽系のどこで生まれた物質かによって微妙に違う。

これは人間の「なまり」に似ている。同じ日本語でも、育った土地で少しずつイントネーションが違うように、隕石も生まれた場所ごとにニッケル同位体の比率という「なまり」を持っている。石の種類ごとに、この比率のパターンが決まっているのだ。

やや細かい話になるが、ここを飛ばすと後で効いてこない。太陽系が生まれたばかりの頃、物質は場所によって少しずつ成分の混ざり方が違っていた。その差が、いまも同位体比という形で石に残っている。だからニッケルの比率を精密に測れば、逆算してどのグループの石かがわかる。犯人の声を録音したテープから、方言判定でおおよその出身地を絞り込むようなものだ。

石質隕石は一箇所に集まり、衝突跡の粘土の値だけが炭素質COコンドライトの位置と一致する

研究チームは、長年かけて世界中から集めた粘土層の試料について、ニッケル同位体の比率をきわめて精密に測定した。そして、その「なまり」がどの石のグループと一致するかを照合していった。

地質学が化学の力を借りて、消えた犯人の声色から出身地を当てにいく。個人的に、この話でいちばんぞくっとするのはこの部分だ。

出てきた答えは、めったに落ちてこない石だった

照合の結果、浮かび上がったのは「COコンドライト」という種類の石だった。炭素質コンドライトと呼ばれる、炭素を多く含む隕石の一族の一種だ。

どれくらい珍しいのか。研究のニュース発表によると、地球で見つかる隕石のうち炭素質コンドライトはおよそ5%ほど。100個拾って5個あるかどうか、という割合だ。COコンドライトはさらにその中のほんの一部にすぎない。

つまり犯人は、ふだん地球にはめったに落ちてこない、かなりレアな石だったことになる。ふつう地球に降ってくる隕石の大半は、もっとありふれた石質の岩だ。恐竜を滅ぼしたのが、その多数派ではなく希少なグループの石だった――これは研究チームにとっても意外な結果だったという。

一箇所の試料だけなら「たまたま」で片づけられてしまう。研究チームが長い年月をかけて世界中の粘土層を集め、どこを測っても同じ「なまり」が出てくると確かめたからこそ、この判定は説得力を持つ。地球を一周する同じ線が、そろって同じ答えを返してきたわけだ。

ここで一つ疑問がわく。なぜ、この石は「珍しい」のか。答えは、生まれた場所にある。

炭素や水を含む石は、太陽から遠い場所で生まれる

炭素質コンドライトの特徴は、その名のとおり炭素を多く含むこと。水や、蒸発しやすい成分も比較的よく残している。そしてこの性質こそが、生まれ故郷を指し示している。

太陽のすぐ近くは熱い。水や炭素のような「揮発しやすい成分」は、熱で飛んでしまってなかなか石に残らない。逆に、太陽から遠く離れた冷たい領域では、こうした成分が凍りついて石の中に閉じ込められる。

太陽に近い内側では炭素や水が飛び、雪線より外の冷たい領域で炭素質の石が生まれる

だから、炭素や水をたっぷり含んだ石は「冷たい遠方生まれ」の証拠になる。研究チームは、今回のCOコンドライトが、木星より外側の冷たい領域、あるいは小惑星帯の外縁部といった、太陽系の遠い場所で生まれたと考えている。

もしあなたが6600万年前のその朝、地上からこの岩を見上げていたとしたら――迫ってくるのは、太陽系の内側の見慣れた場所からではなく、木星の軌道の向こう、氷点下の暗がりで気の遠くなる年月を過ごしてきた、はるばる遠来の石だったわけだ。

足元の地層に、犯人の出身地が刻まれている

本体をまるごと失った事件で、残された微量の金属だけから犯人の出身地まで言い当てる。今回の研究は、そんな芸当が現実にできることを示した。

なぜこれが大事なのか。地球にどんな天体が、どこから飛んでくるのかを知ることは、将来の衝突リスクを考えるうえでも手がかりになる。それに、地球の生命史をひっくり返した一撃の正体が、実は太陽系のはるか外れからの珍客だったという事実は、私たちの足元とはるか遠くの宇宙が地続きであることを、静かに突きつけてくる。

この境目の粘土層は、実は世界各地の崖や地層で見つかっている。イタリアやデンマークの露頭が有名だが、要するに地球をぐるりと取り巻くように、その一本線は刻まれている。

いつか博物館や地層の露頭で、恐竜の時代を分ける境目の線を目にすることがあったら、少しだけ思い出してほしい。その細い粘土の帯には、木星の外からやってきて一瞬で消えた珍客の、消えなかった名刺が挟まっている。