町には、ときどき遠くから客が落ちてくる。

夜空をすうっと一本ひっかいて、庭さきにぽとりと着く。それでおしまいだ。着いたときには、もう客はどこにもいない。あとには、あたたかい灰がひとつまみ、残るだけだった。

トメ婆さんは、その灰を指でつまんで、においをかぐ。すると、どこの空から来た子か、ぴたりと言い当てる。「これは東のはて、青い風の空の子だね」。ちなみに、婆さんの名づけた空の名は、いちどもはずれたことがない。はずれたと言える者が、ひとりもいないせいでもある。

孫のハルは、それがどうにも気にくわなかった。灰なんかで分かった気になって、と思う。ほんとうの答えは、客の口から聞くべきだろう。だからハルは、この夏じゅう、客をつかまえようとしていた。一度でいいから、落ちてくる子をふわりと受けとめて、じかに聞くのだ。「きみ、どこから来たの」と。

ハルのわなは、なかなか本格的だった。物ほしざおに古いふとんを張り、下に水の桶をおき、まくらもとには、客をおびきよせる用のランタンまでつるした。

「そんなもんじゃ無理だよ」と婆さんは笑う。

「なんで」

「遠くの子はね、着くまえに燃えつきちまう。だから灰になる。残るのは、うんと遠くから来た子だけさ」婆さんは、棚の奥のあかない小さな缶に、ちらりと目をやった。「近くの子なら、燃えのこる。けど、においがないから、どこの子かは読めないよ」

ハルは、なんだか、はぐらかされた気がした。遠くの客の顔を見た者は、たぶん、ひとりもいないのだろう。

そういえば、客が落ちると、きまって何かがひとつ終わる。井戸のうたが止まった年も、大きな灯が消えた晩も、客が来たあとだった。いちばん明るいものを、ひとつ消していくらしい。もっとも、ほんとうかどうかは、たしかめようがない。消えたあとにしか、灰は残らないのだから。

夏のあいだ、ハルは何度も客をつかまえた。つかまえたと思うたび、ふとんの上には、ひとつまみの灰。婆さんはそれを読んで、北の空だ、西のはてだ、と名づけるのだった。

八月のおわり、ハルは、いちばんやわらかいわなを張った。ふとんを三枚かさね、そのまた上に、ありったけのタオルをのせた。

その夜、落ちてきた客は――灰にならなかった。

タオルの山の上で、小さな子が、もぞもぞと起きあがった。ほんとうに、いた。ハルは息をのんで、ずっと用意していたことばを、やっと言った。

「きみ、どこから来たの」

その子は目をこすり、あくびをして、垣根のむこうを指さした。

「……となりの、丘」

ハルは、しばらく口をあけたままだった。

婆さんがのぞきこんで、その子のにおいをかいだ。それから、めずらしく、名づけるのをやめた。

「近い子だ。読むまでもないね」

となりの丘の子は、とことこ垣根をこえて、帰っていった。ちゃんと足で、歩いて。何ひとつ、消していかなかった。

その晩、ハルはわなをたたんだ。そして婆さんのとなりで、あのあかない缶を、はじめて見せてもらった。中には、うんと古い灰がひとつまみ。いちばん遠い空の子の灰だという。会えたためしは、ないそうだ。

ハルは、婆さんの布のはしをかりた。そこに、いちばん遠い空の名を、ひとつ書いた。