ばあちゃんの家は、いくら探しても見つからなかった。あるはずの場所が、まっ白にまぶしいだけなのだ。
その夏、ぼくは西のはずれのばあちゃんの家に、ひとりであずけられた。バスを降りて、母さんの地図のとおりに歩いた。町の西のはしまで来ると、目の前がまっ白になる。「おおあかり」のせいだ。
この町では、西の空に大きな光がずっと燃えている。白くて、まっすぐ見ると涙が出る。みんなその光をじまんにして、昼も夕方も、うっとりながめていた。
ちなみに、町の地図では、ばあちゃんの家のところはまっ白で、何も描いてない。空き地ってことになってるらしい。
「そっちは、ないよ」
通りかかった同じくらいの子が、めんどくさそうに言った。「おおあかりしかない。家なんかないって」
ぼくは、かっとなった。母さんが生まれた家だぞ。でも、どんなに目をこらしても、白い光しか見えない。見えないのが、そんなにあたりまえなのだろうか。
日がかたむいて、おおあかりが西の尾根のうしろに、すとんと落ちた。とたんに、まぶしさが引いた。
すると、何もなかった場所に、ぽつんと家がある。壁も、戸も、屋根まで、光とおなじくらいまっ白な、小さな家。さっきまで、白い光にとけこんで、見えなかったのだ。
「かげどきだねえ」
戸があいて、ばあちゃんが出てきた。「よく来たね。おおあかりが燃えてるうちは、うちは見えないんだよ。落ちるまで、待つしかないのさ」
そのばんは、床几に年よりが三人来て、ばあちゃんの煮しめを食べていった。豆腐屋の礼さんは、いつも同じはしの席にすわる。みんな、かげどきになると、どこからともなくやってくる。おおあかりが燃えているあいだは、だれも来ない。
「ばあちゃん、この家、白く塗りすぎだよ」ぼくは言った。「もっと目立つ色にすれば、昼でも見えるのに」
ばあちゃんは、なんだかおかしそうに笑った。
「目立って、どうするのさ」
もっとも、ばあちゃんに言わせると、見えないのがちょうどいいんだそうだ。じいちゃんが死んだあと、町じゅうの人が「気のどくに、気のどくに」と毎日のぞきに来て、どうにもうんざりしたらしい。それである年、家をまっ白にぬった。おおあかりの白に、すうっととけた。だれも来なくなった。
「せいせいしたよ」ばあちゃんは笑った。
でも、ぼくはなっとくいかなかった。友だちに「どこに泊まってるの」と聞かれて、「空き地」なんて言えない。
だから、あるまぶしい昼、ぼくはこっそり戸を赤くぬった。まっ赤に。
きいた。白い光の中で、赤い戸だけが、しみみたいにくっきり浮かんだ。すぐに人が来た。見物の家族が「こんなところに家がある!」と写真をとった。知らない年よりまで、「トキさん、気のどくにねえ」と、また、のぞきこんだ。
ばあちゃんは、床几にすわって、ためいきをついた。
つぎのかげどき、ばあちゃんは、だまって白いペンキの缶を持ってきた。そして、ぼくのぬった赤い戸を、また、まっ白にぬりつぶした。朝、おおあかりが燃えると、赤いしみは光にとけて、消えた。
写真をとっていた家族が、きょろきょろした。「あれ、家、どこいった」。しばらく白い光をながめてから、みんなおおあかりのほうへ、ぞろぞろ帰っていった。
やがて、かげどきが来た。まっ白い家が、また道にあらわれる。礼さんが、迷わず戸口まで来て、ただいま、と言って戸を開けた。