夕方になると、町のはずれから風が来る。おかしなことに、風はいつも同じ向きからしか来ない。この町は空へ顔を向けたまま、けっして横を向かないからだ。だから風の当たる側は、はじめから決まっている。家々も、空のほうの壁だけが古い。みんな春になると、その一面だけを塗りなおす。反対の壁は、建てた日のままきれいなものだ。

そのはずれのベンチに、マツとユキは毎晩ならんで座る。もう六十年になる。二人は同じ日に、同じ通りの二軒となりで生まれた。ちなみに、どちらが先に生まれたかで、いまだにたまに揉めるらしい。

ベンチには外側と内側がある。外側は空のほう、風の来るほうだ。そこはいつもマツと決まっていた。ユキが外に座ろうとすると、マツはむっとして「あんたは内側」と手で押しもどす。ユキもいつからか、なんとなくそういうものだと思って、内側にすとんと座る。

町の人は、二人を姉妹だと思っている。それも、だいぶ年のはなれた姉妹だ。ユキの頬はつやつやして、白い。マツの顔は、ひび割れて黒かった。だから魚屋もパン屋も、通りかかるたびに言う。「ユキちゃん、今日も若いねえ」「マツさんは、妹さんをよく見てあげてよ」。

ユキは、正直それがきらいではなかった。若く見えると言われると、つい頬に手をやる。となりで、マツはいつも空のほうを見て、なにも言わない。もっとも、マツが何を考えていたのかは、たずねた者がいない。たずねても、たぶん「さあね」としか言わないだろう。

ある夕方、マツが手ぬぐいを落とした。風下のほう、ユキの足もとへ転がっていく。ユキはひろおうとして、はじめてマツの反対側へ回りこんだ。

そして、動けなくなった。

空のほうを向いていた左の頬は、風にけずられて黒かった。深いひびが、木の皮のように走っている。けれど、右の頬はちがった。ユキのほうを、六十年ずっと向いてきた側だ。そこは風に一度も当たっていない。生まれた日のまま、白くなめらかだった。

ユキは、自分の白い頬に手をやった。今ごろになって、わかった。若く見えるのではない。若いままでいられたのだ。だれかが、ずっと風の来る側に座っていてくれたから。

「マツ」ユキは立ちあがりかけた。「今日から、外は、わたしが……」

「だめ」マツは袖をつかんで、ユキを内側へ引きもどした。それから、けずれた左の頬を、また風のほうへ向けなおして言った。「あんたが焼けたら、こっち側から見るものがなくなるじゃないの」

通りかかった魚屋が、いつものように声を張った。「マツさん、そんな端に。妹さんを先に入れてあげなよ」。マツは片手をあげて追いはらい、外側の席にどっかりと座りなおした。けずれた頬を風のほうへ、なめらかな頬をユキのほうへ向けた。そうして今夜も、勘ちがいされたまま、ちゃんと風上に座っていた。