太陽に近すぎる惑星は、ずっと後回しにされてきた。

水星は太陽から平均5800万kmの距離にある。地球の0.39倍。NASA の探査機マリナー10号が初めて接近したのが1974年で、それからMESSENGERが軌道投入したのが2011年。火星は何機も送り込まれているのに、水星はずっと「もうちょっと後で」扱いだった。

理由は単純で、太陽に近い惑星は近づくだけで難しいのだ。引力が強い太陽の近くで速度を落として着くには、太陽系内側に向かってわざわざ減速しながら飛ぶという面倒な軌道計算が要る。燃料を大量に積むか、惑星の重力を使いまわして少しずつ速度を落とすか——どちらにしても時間がかかる。

日欧合同探査機ベピコロンボは後者を選んだ。2018年の打ち上げから8年、ついに2026年11月に水星の軌道に入る。

なぜ7年以上かかったのか

7年間の旅 ── ベピコロンボの飛行ルート

「水星に行くには太陽系を飛び出すより燃料がいる」という話を聞いたことがある人もいるかもしれない。これは冗談ではなく、本当の話だ。

地球から外惑星(木星や土星)に向かう場合、ロケットは少し加速して外側に飛んでいけばいい。でも内側の惑星に向かう場合、地球の公転速度(秒速約30km)を持ったまま飛び出すので、太陽の引力に引っ張られて内側の軌道に入るためには逆に減速しなければならない。これが意外とエネルギーを食う。

ベピコロンボが取ったのは「スイングバイ(重力アシスト)」という方法だ。惑星の重力を借りて軌道と速度を調整しながら、少しずつ水星へのコースに近づいていく。

  • 地球フライバイ: 1回(2020年4月)
  • 金星フライバイ: 2回(2020年10月・2021年8月)
  • 水星フライバイ: 6回(2021年〜2025年)

水星を6回もかすめ飛びながら少しずつ速度を落とし、2026年11月にやっと軌道投入——という長い旅だ。途中、太陽に近づくほど熱くなるため、探査機の耐熱設計も特別製だ。最大350°Cに達する環境に耐えられるよう設計されている。

もう一つの事情として、もともとの予定は2025年だった。イオンエンジン(電気を使った推進機)の出力が想定より落ちたため、到着が1年ほど延びた。それでも「壊れたわけじゃない、ただ遅い」という状況なので科学的な成果への期待は変わっていない。

水星って、そんなに謎なの?

水星の内部構造と2つの謎

正直、水星は地味に見える。他の惑星に比べてニュースになる機会が少ないし、「小さいクレーターだらけの岩石惑星」というイメージが先行している。

でも調べれば調べるほど、おかしなことが多い惑星なのだ。

コアが大きすぎる

水星の内部構造を推測すると、鉄コアが惑星半径の約85%を占めている。比較のために言うと、地球でも55%程度だ。なぜこんなに地殻とマントルが薄いのか——有力な仮説は「巨大衝突」で、大昔に何かが水星にぶつかって外側の層を吹き飛ばした、というものだ。でも確認はされていない。

磁場がある、でも変

岩石惑星で固有磁場を持つのは地球と水星だけだ(火星と金星は持っていない)。ところが水星の磁場は奇妙な非対称性を示している。磁軸が自転軸の中心からではなく、惑星中心より400km北寄りにずれているのだ。南北非対称な磁場——なんでそうなったのかは謎のままだ。液体鉄コアが生み出す磁場のダイナモが、なぜか均等に機能していないらしい。

これらの謎に答えるには、水星を実際に軌道上からじっくり観測するしかない。マリナー10号は3回の接近飛行だけで通り過ぎたし、MESSENGERも軌道傾斜角の制約で南半球を十分に観測できなかった。ベピコロンボは2機の探査機が同時に異なる高度から観測する初めての試みだ。

2機で分担する観測

2つの探査機が見る2つの顔

ベピコロンボは実は1機ではなく、2機の探査機がスタックされて飛んでいる。水星軌道に入ったところで分離し、それぞれが独立した軌道で観測を始める。

MPO(水星表面探査機)— ESA担当

低軌道から水星の表面と内部をスキャンする機体だ。11種の科学機器を搭載しており、X線望遠鏡で表面の元素組成を高解像度でマッピングするのが特徴のひとつ。「別の惑星の表面をX線で撮影する」のは宇宙で初めての試みで、珪素・マグネシウム・鉄・カルシウムなどの分布を地図にする計画だ。

みお(水星磁気圏探査機)— JAXA担当

磁場と宇宙環境を調べる機体だ。英語では MMO(Mercury Magnetospheric Orbiter)とも呼ぶ。高軌道を大きな楕円で回りながら、太陽風が水星の磁気圏にどう作用するかを観測する。水星は大気がほとんどないため、太陽風が地表近くまで直撃する——その相互作用が地球の磁気圏とどう違うのかを調べることで、惑星の磁場の起源についてヒントが得られるかもしれない。

2機が異なる高度・異なる角度から同時に水星を見ることで、単独機では難しかった「立体的な観測」が可能になる。これがベピコロンボ最大の設計の特徴だ。

灼熱の惑星に、なぜ氷があるのか

水星の極域 ── 灼熱の惑星に氷が存在する謎

水星探査の謎のひとつに、北極・南極のクレーター底に水の氷が存在するという話がある。

矛盾しているように聞こえるかもしれない。水星の昼側は430°Cを超える。しかし大気がほぼないため太陽光が当たらない場所はひたすら冷たく、極域の深いクレーターの底は永久に日陰で、温度が−170°C以下になる。そこに彗星や小惑星が持ち込んだと思われる水の氷が、何億年も保存されているらしい。

MESSENGERはレーダーと中性子線観測でその存在を強く示唆するデータを取った。ただ「らしい」どまりだった。確定するには組成を直接詳しく調べる必要があり、ベピコロンボのMPOが搭載するガンマ線・中性子線スペクトロメーターがそれに挑む。

もし水星の氷の組成が確認できれば、太陽系内の水の来歴——彗星がどれだけ水を運んできたのか、地球の海の水はどこから来たのか——という大きな問いにも手がかりを与えてくれる。

「後回し」が終わる日

科学観測が本格的に始まるのは2027年の初頭、軌道投入から数ヶ月後になる見込みだ。まず探査機のシステム確認やセンサーの較正があって、その後1年間の名目観測期間に入る。延長が認められれば2年目に入ることもある。

水星探査がこれほど手薄だったのは、単純に難しかったからだ。技術的なハードルが高く、コストも大きく、火星や系外惑星ほど「生命探索」という大きなストーリーが語りやすくなかった。

でも水星がわかれば、岩石惑星がどうやって形成されるのか、磁場がどうやって生まれるのか、太陽の近くで惑星は生き残れるのか——そういう基本的な問いに答えが近づく。太陽系最内惑星の話は、同時に太陽系全体の話でもあるのだ。

7年かけた探査機が、ついに目的地の近くにいる。到着まであと半年。