858光年かなたで、ひとつの巨大な惑星がいま自分の大気を宇宙にこぼし続けている。しかも、こぼれた大気の尾が、惑星の後ろだけでなく前にも伸びていた。
JWST(ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡)がこの流出の現場を、公転1周ぶん途切れずに追いかけてわかったことだ。研究チームによれば、系外惑星の大気が逃げる様子を1周通して連続でとらえたのは、これが初めてだという。
尾が2本、前と後ろ。この時点で少し話がおかしい。彗星の尾は太陽と反対側に流れると相場が決まっているのに、この惑星は進む先にも尾を引いていた。
前と後ろ、2本の尾が見えた
まず、何が観測されたのかを整理したい。
舞台はWASP-121bという系外惑星。地球から約858光年、とも座の方向にある。2015年に見つかった、木星よりひと回り大きなガスの惑星だ。質量は木星の約1.16倍、半径は約1.75倍ある。
この惑星が今まさに大気を失いつつあることは、以前から知られていた。ただ、これまでの観測は公転のある一瞬を切り取った「点」でしかなかった。惑星がどの位置にいるときの姿なのか、断片しか手に入らなかったわけだ。
今回、研究チームはJWSTを使って公転1周を連続で追いかけた。その結果わかったのが、逃げたガスが惑星の後方だけでなく前方にも伸びる、二重の尾の構造だった。2025年、この成果は「Nature Communications」誌に発表された。
尾が2本ある。では、なぜそんな形になるのか。それを知るには、この惑星がどれほど過酷な場所かを先に押さえておく必要がある。
30時間で1年、鉄が溶ける空
WASP-121bは「超高温木星型惑星」と呼ばれる種類の惑星だ。ホットジュピター、つまり恒星のすぐそばを回る巨大ガス惑星の中でも、とくに灼熱のグループにあたる。
どれくらい恒星に近いか。公転周期は約1.27日、時間にして約30時間しかない。地球が太陽を1周するのに365日かかるのに対し、この惑星の1年は丸1日とちょっとで終わる。
近いから、当然あつい。昼側の温度はおよそ2300℃(約2600ケルビン)に達する。鉄が溶けるのが約1538℃だから、金属すら液体になって蒸発しかねない世界だ。実際この惑星の大気からは、気体になった金属の成分が見つかっている。
この数字、最初は誤植かと思った。惑星というより、恒星のそばで炙られ続ける火の玉に近い。
もしこの惑星の空に立てたとしたら、頭上には自分の太陽が空の大半を埋め尽くすほど巨大に見えるはずだ。逃げ場のない熱と光にさらされ続ける。そんな環境では、大気がおとなしく惑星にへばりついていられない。
なぜ大気は逃げていくのか
あつい気体は膨らむ。やかんの湯が沸くと蒸気が噴き出すように、灼熱にあぶられた大気は上へ上へと膨張していく。
問題は、この惑星が恒星にべったり近いことだ。近いと恒星の引力が強く効く。膨らんで惑星の重力の縛りがゆるんだ外側の大気は、恒星の引力にひっぱられて剥がれていく。惑星がぎりぎり自分の大気をつなぎとめていられる境界のことを「ロッシュローブ」と呼ぶが、WASP-121bの大気はその境界からあふれ出しているとみられている。
ロッシュローブは、たとえるなら惑星が両腕でぎゅっと抱えていられる大気の限界のようなものだ。腕からはみ出したぶんは、もう自分では支えきれない。WASP-121bは恒星に近すぎて、この抱えられる範囲そのものが小さく削られている。だからいったんふくらんだ大気が、いともたやすく縁からこぼれ落ちてしまう。恒星の引力は、そのこぼれたガスをさらに強く引っぱっていく。
ここで少し立ち止まってほしい。惑星が「大気を失う」と聞くと、何十億年もかけてじわじわ薄くなるイメージを持つかもしれない。でもこの惑星で起きているのは、目に見える構造をつくるほど勢いのある、現在進行形の流出だ。
その逃げていくガスを、研究者たちはどうやって「見た」のか。手がかりになったのが、ヘリウムだった。
ヘリウムが描き出した逃げ道
大気が逃げる現場を観測するとき、近年よく使われるのがヘリウムの信号だ。とくに波長1083ナノメートルあたりの近赤外線で、逃げていくヘリウムのガスは影絵のように浮かび上がる。
なぜヘリウムが便利か。逃げるガスは惑星本体よりずっと広い範囲に薄く広がる。その広がったガスが恒星の光を横切ると、特定の波長の光をわずかに吸収する。その吸収の形と量から、ガスがどこにどれだけ、どんな速さで流れているかを読み取れるというわけだ。
なぜ1083ナノメートルという色がそんなに都合いいのか。ざっくり言えば、逃げていく高温の薄いヘリウムが、ちょうどこの色の光をよく吸うからだ。駅のホームで、通過中の電車の車内灯が透けて見えるぶんだけを影として拾う、そんなイメージに近い。惑星本体に張りついた濃い大気ではなく、外へ大きく広がった希薄なガスだけを選んで浮かび上がらせてくれる。だから「どこまで、どの向きに逃げたか」の輪郭がつかめる。
JWSTはこの読み取りを、公転1周ぶん連続で行った。惑星が恒星の手前を通るとき、横を回るとき、奥へ隠れる直前。あらゆる角度からの見え方を、途切れさせずに積み上げた。
白状すると、私は「大気流出の観測」をずっと、惑星が恒星の前を横切る一瞬を狙い撃つものだと思い込んでいた。1周を通しで追うと、尾が特定の位置でだけ見える偶然ではなく、どの角度から見ても存在する構造なのだと確かめられる。ここが今回の観測の勘どころだ。
そして通しで見たからこそ、尾が1本ではなく2本あることがはっきりした。
前にも尾が伸びる、という奇妙さ
普通、逃げたガスは彗星のように惑星の後ろへ長く尾を引く。後方の尾は、まあ想像がつく。妙なのは、進行方向の前にも尾が伸びていたことだ。
なぜ前方に伸びるのか。研究チームの解釈をかみくだくと、こういうことになる。惑星からガスが逃げる出口は1つではない。恒星の側と、その反対側の両方から漏れ出している。
恒星の側へ逃げたガスは、惑星より内側の軌道に落ちる。内側の軌道は公転が速いので、ガスは惑星を追い越して前方へ回り込む。逆に反対側へ逃げたガスは外側の軌道に移り、公転が遅くなって後ろへ取り残される。前後2本の尾は、この軌道運動の速さの差から生まれる——というのが有力な見立てだ。
面白いのはここからだ。研究チームによれば、いまある大気流出のモデルでは、この二重の尾の構造をうまく再現しきれないという。つまり「観測は先に、説明はあとから」という状態にある。逃げるガスがなぜこの形に落ち着くのか、その細部はまだ埋まっていない。
惑星が痩せていく現場を、通しで見るということ
系外惑星は、これまで多くが「そこにある」ことを確かめる段階だった。5000個以上見つかったといっても、その多くは星の明るさのわずかな変化から存在を推定したものだ。
今回の観測が示したのは、遠い惑星を「静止画の点」ではなく「動いている現象」として1周ぶん追える時代に入った、ということだと思う。惑星がどう大気を失い、どんな形の尾を引くのか。その一部始終を連続でのぞける。
WASP-121bの大気は、いまこの瞬間も宇宙へこぼれ続けている。ただし、私たちがJWSTで見ている光は858年ほど前にこの惑星を出発したものだ。日本でいえば、平安時代の終わりごろに放たれた光を、いま受け取っている計算になる。
その古い光の中で、灼熱の惑星が前と後ろに2本の尾を引きながら、恒星のまわりを30時間で駆け抜けている。