「親方、そんなの書いても意味ないっすよ」
ハルは箱をひょいと宙に放った。箱はくるくる回りながら、荷室のすみへふわふわ飛んでいく。
「上も下もねえんだから。どう積もうが、どう転がろうが、同じでしょ」
ゲンさんは返事もしない。筆を握って、目の前の箱に四文字を書く。天地無用。書き終えると、次の箱にも書く。天地無用。
「ほらァ、今だって箱、逆さまっすよ。意味ないって」
「書くんだよ」
それだけだった。ゲンさんはこの道四十年、地球にいたころから、箱といえば天地無用と書いてきた人だ。宇宙ステーションに店を移してからも、やることは一つも変えない。
ハルはあきれて、自分の受け持ちの荷を我流で詰めた。向きなんてどうでもいい。皿も、茶碗も、置き時計も、すきまなくぎゅう詰めにして、ぽんぽん放り込む。
「こっちのほうが早いんだよなあ」
荷は、重力のある植民地へ送られた。
三日後、電話が鳴った。ゲンさんが受話器を置いて、ハルを見た。
「お前さんの荷、全部さかさまで着いたとよ。皿は粉々、置き時計は裏向きでカチカチ。先方、かんかんだ」
「……え」
「向こうにゃ下があるんだ。こっちで上も下もねえからって、どこまで行ってもねえわけじゃない」
ハルはしばらく黙っていた。
次の日から、ハルは箱に字を書くようになった。筆を握って、ていねいに、天地無用。
それはまあ、いい。
おかしいのは、その字を、荷室から一歩も出さない室内用の箱にまで書きだしたことだ。棚に入れるだけの箱。だれも遠くへ送らない箱。上も下もない、このステーションの中だけをぷかぷか転がっていく箱。その一つ一つに、ハルはまじめくさった顔で筆を走らせる。天地無用。天地無用。
「おい、それは出さねえ箱だろうが」
「いやァ、どこで下が始まるか、分かんねえっすから」
ゲンさんは何も言わなかった。ただ、ハルに背を向けて、ちょっとだけ、にやりとした。