湊というのが、まあ気のいい爺さんで、もう三十年も、誰も通らない道の終わりで放送を流し続けている。
湊が勤めているのは、古い航路のいちばん端っこにある中継灯台だ。昔はこの道を通って、たくさんの船が遠くの星まで行った。もっとも、もっと近くて速い新しい道ができてからは、ぱったり通らなくなった。今ではここを通る船は、年に一隻もないらしい。
仕事は単純だった。決まった三行の放送を流す。「ここで道は終わります。これより先に港はありません。お気をつけて」。それだけだ。三十年で、湊はこの三行をすっかり暗記してしまった。寝言でも言えるくらいだろう。
廃止になった道でも、放送は二十年続ける規則になっている。引き返しそびれた船がいるといけないから、だそうだ。あと半年で、その二十年が満ちる。湊は、満ちたらすぐ辞めるつもりでいた。
「戸川くん、退職の書類、もう送ってくれてもいいぞ」
ある日、湊は本部の連絡係に通信でぼやいた。戸川という若いのが、いつもそっけなく応対する。
「規則ですので、二十年までは。あと半年です」
「わかってる。だがな、もう聞いてる船なんかいないんだ。三十年、わしの放送に返事が来たことは、一度もない」
「了解です」と戸川は言って、通信を切った。返事になっていなかった。
ちなみに本部からの「ご苦労さま」は、年に一度届く定型文で、毎年同じところに誤字がある。「ご足労さま」だ。湊は直してくれと三回頼んだが、直る気配はなかった。
灯台の壁には、名札のボードがある。昔はここを通った船の名を、一隻ずつ札にして貼っていく習わしだった。湊が来たころは、毎月のように札が増えた。けれどこの八年、一枚も増えていない。最後の一枚は、すっかり色が褪せている。
放送を流しながら、湊はなんとなく、そのボードを眺めることがあった。終わった道の、終わった仕事だ。もっとも、放送が遠くまで届くころには、わし自身がとっくに辞めているだろう。なにしろ、この声が向こうの暗がりに届くまで、何年もかかるのだ。
辞める日が近づいたある朝、めずらしく荷物が届いた。手書きの手紙だった。差出人の名に、覚えはなかった。
「灯台守さんへ。わたしたちは、新しい移住区から旅立つ者です。古い星図には、この先には何もないと書かれていました。でも、あなたの放送が届きました。『これより先に港はありません』。だから、わかったのです。そこまでは、行けるのだと。あなたの声を頼りに、わたしたちは、いちばん遠い縁まで来ました。ここで、新しい暮らしを始めます。ありがとう」
湊は、手紙を二度読んだ。それから、ふと壁のボードを見た。
終わりの放送が、誰かには、いちばん遠くまで行ける証になっていたらしい。引き返せという声が、あそこまでは進める、という道しるべに変わっていた。何年もかけて暗がりを渡るあいだに、終わりが、始まりに化けていたのだ。気づいたのは、ずっとここで見届けてきた湊だけだった。
机の上には、戸川から届いた退職の書類が置いてあった。
湊はそれをしばらく見てから、引き出しの奥にしまった。それから棚の新しい札を一枚はがし、手紙の船の名を、ていねいに書いた。八年ぶりの一枚を、色の褪せた札の隣にそっと貼る。
それから放送機のスイッチを、もう一度押し込んだ。
「ここで道は終わります。これより先に港はありません。お気をつけて」
三十年聞いた三行が、また暗がりへ出ていった。