笹本ふみというのが、まあ値段にうるさい人で、引退してこの居住区に越してきてからも、安いものにしか目がいかない。

その日は中古ショップ「リユース・オリオン」で、練り台を見つけた。生地をのせて手で押すと、勝手にこねてくれる調理台だ。三割引の値札の裏に、前の持ち主が貼ったシールが残っていた。「軽く押すだけ・かんたん」。

ふつうの棚ではなく、奥の「漂着もの」という棚にあった。よその星から流れ着いた品を並べる棚で、たいてい高い。よそから来たというだけで、相場がぐっと上がるのだ。もっとも、その星がどこにあるのか、店員も笹本も知らない。とにかく遠いらしい、でみんな納得している。

笹本は迷わなかった。よその星の品は、間違いない。前にも一度、漂着ものの時計を買っている。動かなかったが、それはたまたまだと思っていた。

家に運び込んで、さっそく生地をのせた。手で押す。動かない。体重をかけても、台に乗ってぐいぐいやっても、びくともしなかった。

しかたなく、出張修理を呼んだ。来たのは柏木という若い男で、呼ぶだけで基本料金を取るらしい。

「えーと、これですか」柏木は台をあちこち触った。「ああ、なるほど。これ、壊れてないですよ」

「壊れてないって、動かないのよ」

「動かないんですけど、壊れてはいないんです。これ、向こうの星のやつなんで」柏木はシールをめくった。「ここ、『軽く押すだけ』って書いてあるでしょ。この『軽く』が、向こうの基準なんですよ」

「向こうの基準?」

「向こうの星、重さがぜんぜん違うんです。うちの何倍も重い星で。だから向こうで『軽く押す』っていうと、こっちでいう……人が何人も乗っかるくらいの力なんですよ。台はそれだけかかって、はじめて動くんで」

笹本は台に乗ったまま、なんとなく、もう一度ぐいと押してみた。やっぱり動かない。

「じゃあ、わたしが乗っても足りないの」

「ぜんぜんです。この居住区の人が全員乗っても、まだ軽いと思います」

「じゃあ向こうの星に持っていけば、動くんでしょ」

柏木は、ちょっと困った顔をした。

「動きますけど。向こうまでの運賃、たぶんこの部屋が何個も買えるくらいかかります。それに」柏木は台を軽く叩いた。「向こうの重さのところに笹本さんが立ったら、立てないです。自分の体が、何倍も重くなるんで。座ったきり、起きられないと思います」

つまり、この台がちゃんと働く世界には、人間は行けないのだった。

笹本は台から降りて、それを見下ろした。よその星では、この台はきっと毎朝きちんと生地をこねているのだろう。働き者の、いい台なのだ。ただ、それが働く場所に、笹本は一生立てない。

「ねえ柏木さん」笹本はボールペンを出した。「これ、向こうの星でなら、最高の品なのよね」

「まあ、そうですね。向こうでは普通かもしれないですけど」

笹本は値札を裏返した。三割引の数字を二重線で消して、元の値段の倍を書く。

「これ、お店の漂着もの棚に戻しといてちょうだい。よその星の、いい品ですって」

柏木は伝票を切る手を止めて、笹本を見た。それから何も言わず、台を台車にのせ直した。

通路を運び出すそばから、向かいの梶井さんが足を止めた。台に顔を寄せて、値札をのぞきこむ。

「あら、それ、よその星の?」