中山というのが、まあ無口な男で、宇宙の最果てにある宿場をひとりで切り盛りしている。
宿場は「みなと荘」という。古い停泊地のいちばん端にあって、すぐ隣には、とんでもなく大きな惑星がでんと居座っていた。住民はこれを「お隣さん」と呼ぶ。なんとも気軽な呼び方だが、実物は気軽でもなんでもない。
お隣さんは、近くを通る船をかたっぱしから自分のほうへ引き寄せてしまう。引きが強すぎるのだ。だから昔は、この停泊地にも宿が十軒ばかり並んでいたらしい。それがひとつ、またひとつと、客ごとお隣さんのほうへ吸い寄せられて消えていった。残ったのは、みなと荘だけだった。
「よく、ここまで残られましたねえ」
そう言ったのは、本部からやってきた津田という若い職員である。五年に一度、本部は最果ての宿場をまわって視察をする。その年の担当が津田だった。
「三十年です。三十年、この場所で踏ん張ってこられた。立派なものですよ」
津田は鞄から、ぴかぴかの表彰状を取り出した。「孤独生存表彰」と書いてある。ちなみに文面は五年ごとに同じで、星の名前のところだけ手書きで直してあった。
中山は、湯飲みを拭きながら、ふうん、という顔をした。
「踏ん張った、というか」
「またまた。謙遜なさらなくても。隣にあんな大物がいて、よそはみんな引っ張られて消えたんでしょう? なのにここだけ残った。これはもう、意地ですよ。土地への愛着というか」
「いや」と中山は言った。「べつに、呼び込んだことは一度もないんで」
津田は、そうでしょうそうでしょう、と聞いていなかった。
みなと荘のなかは、よく見ると変だった。帳場の奥の棚に、傘やら帽子やら、片方だけの手袋やらが、やたらと並んでいる。それも一個や二個ではない。三十年分が、ぎっしりだ。
「これは……お客さんの忘れ物で?」と津田が聞いた。
「降ってきたんです」
「降って?」
中山は湯飲みを置いて、窓のほうを指さした。ちょうど一隻、船がお隣さんの脇を通っていく。まっすぐ進もうとして、すうっと進路をねじ曲げられ、吸い寄せられていく。そのはずみに、甲板の荷がぱらぱらとこぼれた。傘が一本、帽子がひとつ、宙にほうり出されて、ゆっくり、こちらへ落ちてくる。
「あれが、うちの庭に落ちるんですわ」と中山は言った。「毎日。お隣さんが船を振り回すたんびに、こっちへ降ってくる」
津田は、ぽかんとした。
「人も、たまに落ちてくる」と中山は続けた。「弾かれて、ここにたどり着いて、しかたなく一泊して、次の船で出てく。だから、満室になったこともないが、空っぽになったこともない。番茶出して、布団敷くだけで、三十年もったわけです」
「じゃあ……お隣さんが、お客さんを?」
「運んできてくれてるんですな。あれが船を弾き飛ばさなんだら、うちなんかとっくに畳んでます」
中山は、ちょっと言いにくそうに、頭をかいた。
「ほんとはね、わたしも何度か、出てこうと思ったんですよ。荷をまとめてね。けど、その荷を船に積もうとすると、お隣さんに引っ張られて、船のほうがどっか行っちゃう。それで、また宿に戻る。三十年、その繰り返しで」
つまり、生き残ったのではなかった。出ていけなかっただけなのだ。そして出ていけないあいだ、お隣さんが落とした客のおこぼれで、しっかり食ってきた。もっとも、本人がそれを偉業だと思っているのかどうかは、怪しいところだろう。
津田は、手に持った表彰状を、なんとなく見下ろした。「孤独生存表彰」の文字が、急によそよそしく見えた。
そのとき、外でどん、と鈍い音がした。
二人が出てみると、庭先に、見たことのない男がひとり、尻もちをついて座っている。少し離れて、つぶれた鞄が落ちていた。お隣さんに弾かれた船から、たったいま降ってきたのだろう。
「あの……ここ、どこですか」と男が言った。
「みなと荘です」と中山は言った。「お茶いれますんで、上がってください」
中山は表彰状を受け取ると、帳場へ戻り、落とし物の棚のいちばん端に、傘と並べてそっと立てかけた。それから、湯飲みをもうひとつ、棚から下ろした。
津田が次の宿場へ向かう便も、出てすぐお隣さんに吸い寄せられて、ずいぶん遅れた。仕方なく、津田もその晩は、みなと荘に泊まることになった。