佐知というのが、おもちゃ屋に来ると毎回いちばん高い棚の前で立ち止まる人で、今年もそうしていた。

孫の航は火星にいる。両親の仕事で、三つのときに引っ越した。もう七年になる。火星行きの荷物便は片道で、年に二度しか出ない。誕生日のプレゼントは、半年も前に送らないと当日に間に合わないのだった。

だから佐知は、いつも先回りして一番すごいものを選ぶ。

「これ、いま一番売れてるやつ?」と店員に聞いた。

「あー、それなら五段変形ですね。ロボットになって、車になって、最後は二本足で走るんですよ」

棚のシールには「変形5段階」と赤い字で書いてある。去年は四段階だった。ちなみに佐知は、その変形のさせ方を自分では一度も覚えられたためしがない。

「火星でも走るかしらね」

「うーん、向こう重力弱いんで、足、ちょっと泳ぐかもですけど。まあ、走ることは走りますよ」

佐知はそれを買って、半年がかりで送った。

次の便で、航から短い返事が来た。文字を打つのがまだ下手で、いつも一行だ。

「ころがした。たのしかった」

走らせた、ではなかった。なんとなく引っかかったが、楽しかったならいい、と思い直した。

翌年は六段変形を送った。返事はやっぱり「ころがした」だった。その次の年も、おもちゃは腕が増え、関節が増え、しまいにはひとりでに飛ぶものまで出たけれど、火星から戻る言葉はいつも同じだった。

ころがした。きょうもころがした。

もしかすると航は変形のやり方が分からないのではないか。説明書はちゃんと入れている。それでも、もっと簡単なものを、とつい考える。けれど店に行くと、やっぱり一番すごい棚の前に立ってしまうのだった。

七年目の春、めずらしく火星から佐知あての荷物が届いた。

砂っぽい匂いの箱で、開けると、いちばん最初に送った変形ロボが入っていた。腕も足も使われた様子がなく、関節は新品のままだ。ただ、丸めて球にしたときの外側だけが、片側だけ、つるりと白くすり減っていた。同じ場所が、同じ角度で、削れている。

短い手紙が添えてあった。航の字だ。

「きちのうらのさかで、まいにちころがしてた。とうばんで、おばあちゃんがおきるじかんに。もうおおきくなったから、これはおばあちゃんにかえします」

佐知は球を手のひらで回した。すり減った面が、ちょうど親指のはらに吸いつくように収まる。火星の坂を、毎朝、同じ向きに、何百回も転がってきた面だった。低重力の坂では球はなかなか止まらない。一回ごとに、ずいぶん遠くまで行ったのだろう。それを毎日、拾いに走る小さな足のことを、佐知は初めて想像した。

腕も足も飛行装置も、一度も要らなかった。航がほしかったのは、ただよく転がるものだったのだ。

次の便のために、また店へ行った。今年は一番すごい棚を素通りした。レジ脇の安い籠に、何の機能もない木の玉が転がっていた。塗りもしていない、ただ丸いだけの玉だ。

「それ、変形しませんよ」と店員が言った。

「ええ、それでいいの」

佐知は変形ボタンのひとつもない、ただ丸いだけの玉を箱に詰め、伝票の品名欄に、ゆっくり「ころがすもの」と書いた。