ぺたというのが、なんとも頼りない見かけの機械で、ひらたく言うと布きれ一枚みたいなものである。

月の北の谷で働いている。岩を測ったり、砂をすくったりする現場だ。骨もなく、車輪もなく、ただ薄い膜が一枚、地面を這うように動く。立つこともできない。風が吹けば、ぱたぱたとめくれる。もっとも、月に風は吹かないのだが。

この谷は、機械にとってなかなか過酷な場所らしい。朝と夜で温度がひどく違う。日が当たれば焼け、影に入れば凍る。硬い機械は、たいてい朝いちばんにパキッといく。継ぎ目から割れて、それきり動かなくなるのだ。

だから設計部は、毎年もっと賢い機械を送ってくる。型番はとうとうKU-9まで来た。脚が六本あって、自分で道を選び、砂を分析し、報告までする立派なやつだ。ちなみに設計部は、この谷へ一度も来たことがないらしい。

ぺたには型番がない。十年前に間に合わせで作られた、ただの試作品だからだ。本当はとっくに捨てられているはずだった。それが、なぜか今も這っている。

理由はわりと単純で、ぺたは割れないのである。骨がないから、割れる継ぎ目もない。焼けても凍ってもくしゃっと曲がるだけで、また伸びる。硬い機械には踏めない岩の隙間にも、すうっと潜り込める。要するに、丈夫なだけの、丈夫しか取り柄のない機械だった。

そのかわり、よく破れた。

破れると、現場の技師の品川が継ぎ当てを一枚あてる。あてた継ぎ目に、油性ペンで通し番号を書く。今ぺたの体には、その番号が十七まである。

ぺたは、たぶんそれをちょっと自慢に思っている。番号がひとつ増えるたび、品川の手のひらが体の上をなでていく。あの感じが、ぺたは嫌いではないようだった。もっとも、機械が自慢などするものか、と言われれば、それまでなのだが。

さて、その日。設計部の自信作、KU-9が谷に降りてきた。

ぴかぴかの六本脚で、降りるなり堂々と一歩を踏み出した。報告も完璧だった。「現場到達。これより自律探査を開始します」。品川は腕を組んで、まあお手並み拝見、という顔で見ていた。ぺたは隅のほうで、いつものように這っていた。

谷の朝が来た。日が射した。

KU-9の脚の付け根で、パキッと音がした。砂が継ぎ目に噛んでいたらしい。一本、二本と脚が固まり、三歩目で、立派な六本脚はその場に突っ伏した。報告だけはまだ続いていた。「異常を検知。異常を検知。異常を……」やがてそれも止まった。

品川は、長いことKU-9を見下ろしていた。それから、しゃがんで工具を出した。直すのだろう、とぺたは思った。あんなに高くて賢い機械だ。

品川は、KU-9の外装を一枚、ぺりっとはがした。

そして、それをぺたの破れに当てた。さっきの探査で、ぺたはまた一か所やぶいていたのだ。品川は継ぎ目をならし、油性ペンを出して、その上に「18」と書いた。

「ほら、いい生地もらえてよかったな」

品川は手のひらでぺたの体をひとなでして、また谷の奥へ送り出した。十八枚の継ぎ当てを背負って、ぺたはくしゃくしゃと這っていった。

設計部には、KU-9は順調に稼働中、と報告が上がる。