三年ぶりの客だった。
ノックの音に、私は息を止めた。カーテンを閉めきった部屋のすみで、膝をかかえてじっとしていれば、たいていの人はあきらめて帰る。宅配の人も、検針の人も、二度たたいて帰っていった。
その晩は、違った。
「ユウ、おるんやろ。灯りついてへんけど、気配でわかるわ」
ミドリの声だった。三年前、私のほうから別れた女の、あの声。
「帰ってくれ」
しわがれた低い声しか、もう出ない。工事から戻ってからずっとそうだ。
「開けてや」
「……見ないほうがいい。変わったんだ。顔も、体も」
重い星のすぐそばで、三年。線路を一本通すだけの工事だった。あんなに近づくつもりはなかったのに、強い引力に毎日少しずつ引っぱられて、気づけば顔は縦に伸び、肌は焦げたように黒かった。町の連中は言う。あいつに近づくと吸い込まれる、と。
だから戻ってすぐ、指輪を小包に詰めて送り返した。これ以上ミドリを、こんなものに近づけないために。
ドアが開いた。鍵なんて、かけていない。かける相手もいないから。
ミドリはつかつかと入ってきて、壁のスイッチをぱちんと上げた。
明るくなった部屋で、私はとっさに顔を伏せた。悲鳴を、覚悟した。逃げていく足音を待った。
ところが、ミドリはしゃがんで、私の顔をまじまじとのぞきこんだ。長いこと見てから、ひとこと。
「終わりにしたのは、あんた一人やろ」
「……でも、指輪は返した」
「せやな。返してきた」
ミドリは、左手を私の目の前に広げてみせた。薬指に、見おぼえのある指輪が、ちゃんとはまっていた。三年前、私が詰めて送った、あの指輪が。
「受け取って、もういっぺんはめた。それだけや」
ふと、私は言葉に詰まった。
「あんた、自分が吸い込む側になったつもりでおるやろ」ミドリは肩の大きな荷物を、どさっと床に下ろした。「こっちは三年前から、ずっと引っぱられっぱなしやで。顔が縦に伸びたくらいで、どこ行くっちゅうねん」
そして、荷物の口をあけながら、きいた。
「で、晩飯は」
私は何か言おうとして、やっぱり言葉が出なかった。
「で、晩飯は」
もう一度、ミドリがきいた。
三年ぶりに、私は立ち上がった。暗いままの台所へ、明かりをつけに行くために。