この部屋の火は、けっしてゆれない。彼女はそれが、好きだった。
地球にいたころの炎は、せわしなかった。息をかければ逃げ、ドアが開けば身をよじり、人が通るたびに影をばらまいた。けれどこの部屋のちいさな火は、まっすぐ立ったまま、ひとことも言わない。
「おやすみ」
毎晩、寝るまえにマッチを一本。細い芯に火を移すと、金色の点がぽつんと灯って、朝まで微動だにしない。窓の外は、どこまでも黒い。星はまたたくのに、この火はまたたかない。空気が動かないからだ、と彼女は知っていた。この部屋で火が動くのは、空気が動くときだけ。だれかが入ってくるか、彼女が笑って息をもらすか、そのくらいのものだった。
だからその夜、火がふっと傾いたとき、彼女はまず笑った。
「なあに。だれか来た?」
返事はない。火は、ゆらりと窓のほうへ身を倒している。地球の炎みたいに、なつかしく、やわらかく。彼女は手をのばしかけて——止まった。
だれも、入ってきていない。
息をのむと、火がいっそうなびいた。吸われるように、窓へ、窓へ。笑ってなどいないのに、火が動く。だれも開けていないのに、空気が動く。
窓に、一本の線が走っていた。細い、髪の毛ほどの、銀色の線。その先端で、ちいさな結晶がちりちりと白く育っていく。線のそばで、カーテンの裾がそっと持ち上がった。彼女の髪が、一筋、同じほうへ流れた。
火が、ごちそうみたいに明るくゆれた。
彼女は両手を窓に押しあてた。手のひらの下で、線はもう、指より長い。