ナギの頭は、焼き団子のことでいっぱいだった。

祭りはもう始まっている。広場のあかりが、家の障子まで赤くにじんでいた。母さんに「スエ婆さんを呼んでおいで」と言いつけられて、ナギはしぶしぶ坂をのぼった。さっさとすませて、いちばん熱いのを食べたい。それだけだった。

スエ婆さんは、町のはずれの高いところに、ひとりで住んでいる。戸を開けると、やっぱり窓ぎわにいた。祭りには目もくれず、暗いほうの空をながめている。

「婆ちゃん、祭り。母さんが呼んでるよ」

「ああ。……いま、いいとこなんだよ」

婆さんは眼鏡を額へ持ち上げ、素の目で、じっと空の一点を見た。それから、ひざの帳面に、ちょんと点を打った。ナギは、つい、ため息が出た。

スエ婆さんが見ているのは、「死に提灯」だった。

むこうの空の、うんと遠くにある赤いあかり。むこうの町のものらしい。ただ、そのあかりがこっちへ届くには、人ひとりの一生ぶんくらい時間がかかるのだという。今見えているのは、大昔のあかりだ。とっくに消えた町の、幽霊みたいなもの。だから町の人は、夜はそっち側の雨戸を閉める。縁起でもない、というわけだ。

もっとも、その死に提灯をまともに見た町の子なんて、たぶんひとりもいない。焼き団子のほうが、よほど役に立つ。ナギもずっと、そう思っていた。

「そんなの、五十年見て、なんか変わった?」

つい、意地の悪い言い方になった。それでも婆さんは、怒りもしない。

「変わらないよ。ちっとも」

そう言って、なんだかうれしそうに笑うのだった。

ひざの帳面には、点がびっしり並んでいた。おなじ帳面が、棚に何冊も積んである。よく見ると、ばらばらに見えた点が、ゆるい線になって、窓枠のはしのほうへ少しずつ這っていた。はしには、小さなくぎが一本、打ちつけてある。

「あれはね、キクが打ったんだよ」

婆さんは、くぎを指の腹でそっとなでた。ずうっと昔に、あのむこうの町へ行ったきりの、姉さんの名だという。

「発つ日にね、くぎを打って。『わたしのあかりがここまで来たら、返事を見てな』って」

ナギには、なんだか意味がわからなかった。届くのに一生かかるなら、返事なんて聞けやしない。婆さんはただ、遠い姉さんの幽霊を五十年ながめてきただけじゃないか。かわいそうに、とすら思った。

そのとき、婆さんの手が、ぴたりと止まった。

赤いあかりが、くぎに、ちょうど重なっていた。五十年かかって、点の線が、とうとう窓枠のはしまで来ていたのだ。

そして——くぎのすぐ横に、もう一つ。小さな、ふるえるような点が、ぽつりと灯っていた。

さっきまで、なかったものだ。

婆さんは、眼鏡もかけずに、それを長いこと見ていた。それから、棚のいちばん奥から古いランプを出してきた。ほこりだらけの、油もかたむいたやつ。マッチをすって、火を入れる。窓を開け、そのあかりを、暗いむこうへまっすぐ向けた。

「……返事、来たからね」

婆さんは、だれにともなく、そう言った。

ナギは、祭りのことを、すっかり忘れていた。むこうの町も、いま、こっちを「死に提灯」と呼んで、雨戸を閉めているのかもしれない。その暗い雨戸のむこうで、だれかがやっぱり五十年、この窓のあかりを点にしてきたのかもしれない。

婆さんが、ペンをナギに差し出した。

「ほら。今夜のは、あんたが打ちな」

ナギはそれを受け取って、くぎの横の新しい点の下に、そうっと、自分の点を打った。窓の外では、婆さんの小さなあかりが、暗いむこうへ、今ようやく発ちはじめていた。