タケシという男は、とにかく心配性だった。妻のヨウコが氷の惑星へ三週間の出張に行くと聞いた日から、玄関にだんだん大きくなる袋を置きはじめた。
「防寒具はこれで足りるかな。いや、マイナス二百度って言ってたから、念のためもう一枚」
「ねえ、現地に宿あるんだってば」とヨウコ。
「宿が停電したらどうする。万が一だよ、万が一」
出発前夜には、袋は冷蔵庫ほどになっていた。フリーズドライのカレーが四十食、お湯を入れると膨らむ毛布、太陽電池の湯たんぽ、乾パン、それから『困ったときはこれを読め』と書いたメモ。
「タケシさあ」ヨウコは袋を見上げて、ちょっと笑った。「わたし三週間行くだけだよ。引っ越すわけじゃないの」
「でも氷の惑星だよ。何があるか……」
「へいきへいき。向こうだって人が住んでるの」
当日の朝、ヨウコはリュックひとつで玄関に立っていた。例の袋は、きれいにそこへ残されたままだった。
「これ、持っていかないのか!?」
「重いもん。いってきます」
ドアがぱたんと閉まって、タケシは冷蔵庫ほどの袋とふたりきりになった。
その袋が役に立ったのは、三日後だった。
宇宙港の荷役員たちが、いっせいにストに入ったのだ。貨物船が全部止まった。ニュースは「生鮮食品の入荷、復旧まで約一か月の見込み」と繰り返した。この街は、食べ物をぜんぶ星の外から運んでいる。
スーパーの棚から、野菜が、肉が、牛乳が、すうっと消えた。近所の人が玄関先でため息をついていた。
タケシだけが、平気だった。
毎晩、膨らむ毛布にくるまって、フリーズドライのカレーにお湯を注ぐ。四十食もある。湯たんぽはぽかぽかだ。
「ヨウコのために用意したやつで、まさか俺が助かるとはな」
得意になったタケシは、通話をつないだ。なにしろ遠い。声が届くまで、少し待たされる。
「もしもし、ヨウコ? こっちは大変なんだぞ。街じゅう食べ物がなくてさ。でも俺は非常袋で……で、そっちは寒いか?」
ひと呼吸おいて、ざざ、と波の音が返ってきた。
「えー? こっちねえ」ヨウコの声は、やけにのんびりしていた。「ストで氷の惑星行きが飛んじゃって。会社がとなりの星で待機だって。……今ね、ビーチ」
「ビーチ」
「日焼け止め塗ってるとこ。そっちのカレー、おいしい?」
通話を切って、タケシはしばらく天井をながめていた。それから、むくりと起き上がって、押し入れから新しい袋を引っぱり出した。
次の旅行には、水着と日焼け止めと、それから――念のため、やっぱり毛布も。