トダさんというのが、なんとも無口な人で、よその星のこの団地に越してきてからも、ほとんど誰ともしゃべらなかった。
団地は、宇宙のずいぶん端のほうにある。住んでいる人はみんな、昔いちど船に乗せられてここまで運ばれ、そのきり、どこへも行っていない。帰りの船は、たいてい来ない。
だからだろう。休みのたびにトダさんが庭のすみで何かを組み立てはじめたとき、まっさきに気づいたのは、お隣のマスダさんだった。
「それ、何です?」
「物置を――」トダさんが言いかけたとたん、ねじを一本、落とした。拾っているあいだに、マスダさんはもう次の想像へ進んでいた。
「鉄の骨ばっかりで、まるくて……まさか、船?」
「いや」
「船ですか!」
マスダさんは、団地のおしゃべり網の、ちょうどまんなかにいる人である。その日の夕方には、三階も五階も、トダさんが自分の船を造っているという話でもちきりになった。
翌週には、見たことのない子どもたちが鉄骨のまわりに集まっていた。
「おじさん、どこ行くの」
「どこって……」
「ぼくも乗せてよ」「あたしのおばあちゃんも!」
物置です、とトダさんは言おうとした。ところが、子どもたちの顔があんまり明るい。この団地で生まれた子は、空の向こうを一度も見たことがない。トダさんは口をつぐんで、また一本、ねじを締めた。
噂はどんどんふくらんだ。団地の壁新聞が「わが団地の船、来春に完成か」と書いた。完成したら、どこへ連れていってくれるのか。みんなが、めいめい行きたい星の名前を、勝手にトダさんの船へ積みこんでいった。
もっとも、骨組みはいっこうに船の形にならない。棚がつき、戸がつき、どこからどう見ても、それは物置だった。
ある晩、トダさんは最後の戸を閉めた。あとは屋根をのせれば、できあがりである。物置が。
屋根板を手にしたまま、トダさんはしばらく動かなかった。庭のすみに、昼間の子どもが置いていった折り紙の星が、ひとつ落ちていた。
次の休み。見物の人だかりの前で、トダさんは屋根をのせなかった。かわりに、柱へ一枚の札を打ちつけた。
〈宇宙船・建造中〉
人だかりが、これまでで一番わいた。
「やっぱり船だ!」「いつできる?」「ぜったい待ってるよ!」
トダさんは縁側に戻って、お茶をすすった。庭のまんなかで、いつまでも造りかけの船が、夕日を浴びて赤く光っていた。