じいちゃんは、むこうの星の生まれだと言い張っていた。
うちの町では、生まれた日に足もとの砂をひとつまみ、小さな壺に入れて棚にかざる。その砂を見れば、その人がどこの土から来たのかがわかる。生まれ壺、というやつだ。町でいちばんえらい決まりごとで、赤ん坊が来るたび、大人はまず壺に砂を詰めた。
じいちゃん——ゲンじいは、その壺を棚のまん中に置いて、毎晩のように自慢した。
「いいか、コウ。おれはな、むこうから流れてきたんだ。若いころ、たったひとりで、あの灯りの下からな」
家のいちばん高い窓から、夜になると小さな灯りがひとつ見える。むこうの星、と町の者は呼ぶ。近すぎて、地面からながめると、うちの空とあっちの空の見分けなんてつきやしない。同じ色で、同じくらいの高さに光っている。あれが身内なのか、よそから紛れこんだ他人なのか、だれにも言い当てられなかった。だからみんな、ゲンじいの大ぼらを、半分は本気で聞いていたのだろう。
もっとも、じいちゃんの話は年ごとにむこうの空が広くなって、しまいには灯りが三つも四つも増えていた。どこまでが本当だったのだろうか。
これに五十年、かみついてきたのが、タツじいだ。
「うそをつけ。おまえは、この町のうまれだ。裏の坂で転んで泣いてたのを、おれは見てるぞ」
「見まちがいだろう。おれがむこうにいたころ、おまえはまだ洟をたらしてた」
「おなじ年だろうが!」
ふたりは、会うたびこれをやる。そういえばタツじいは、五十年けんかしているわりに、どうやらゲンじいの葬式の段取りだけは、とっくに決めてあるらしかった。
その年、ゲンじいは急に小さくなった。せきが長びいて、棚の壺に手がとどかない日も出てきた。するとタツじいが、めずらしく静かな顔で言った。
「なあ、ゲン。生きてるうちに、はっきりさせようや。おまえが、どこの生まれか」
やり方は、ひとつしかない。だれかがむこうの星まで行って、あの土の砂をひとつまみ持ち帰る。それをゲンじいの生まれ壺の砂とならべて、色が合えば、じいちゃんは本当にむこうの生まれ。合わなければ、ただの、この町のじいさんだ。
証言でも、思い出でもだめだった。この町では、持ち帰った砂だけが、本当のことを言う。
おれは、むこうへ行く、と手をあげた。
じつはその前の晩、ふと、棚の壺のふたを開けてみた。ふたには、一度も開けた跡がなかった。底にたまった砂は、うちの裏庭とおなじ、赤っぽい色をしていた。むこうの土の色じゃない。
おれは、だまってふたを閉めた。じいちゃんが、この町の坂で生まれたことを、たぶんおれは、もう知っていた。
それでも、おれは、むこうへ行った。
行きは長かった。どれだけかかったのか、うまく言えない。帰ってきたとき、おれはずいぶんやせて、母さんが泣いた。それでも、ちゃんと見てきた。むこうの星の砂は、青みがかって、こまかくて、うちのとはまるでちがう砂だった。ひとつまみを革の袋に入れて、ずっと胸で温めて持って帰った。
町の広場に、みんなが集まった。ゲンじいは、いちばん前のいすに、毛布をかけて座っている。タツじいが、腕をくんで待っていた。
おれは、棚から下ろしたゲンじいの生まれ壺を、みんなの前に置いた。
そして胸の袋を出して、むこうの砂を、その壺のなかへ、さらさらとあけた。
「ほら。合った」
タツじいが、口をぱくぱくさせた。
「な——おまえ、それを、あとから入れたら」
「むこうの砂だよ。おれが、この手で、むこうから持って帰った。……じいちゃんの壺に、いま、むこうの砂が入ってる。だから、じいちゃんは、むこうの生まれだ」
だれかが、ぷっと吹き出した。それから、広場じゅうが、どっと笑った。タツじいは、なにか言いかけて、けっきょく、毛布のゲンじいの肩を、ぽんと一回たたいた。
ゲンじいは、しばらくぽかんとしていた。それから、いちばん大きな声で笑った。せきをして、涙をふいて、それでも笑って、震える両手で、その壺を抱えこんだ。
むこうの土を、この手で持って帰ったのは、この町で、おれひとりだった。窓のそとでは、むこうの星が、いつもの高さで光っている。