浅井みなみというのが、まあ生真面目な窓口係である。建築確認の係に来て二年、まだ一度も違反を見つけたことがなかった。そのことを、本人はちょっと気にしていたらしい。
みなみが担当しているのは、小さな星ばかりが集まった区域だった。岩がごろごろ浮いているだけのような、人が数人いればいいほうの星々である。もっとも、こんな辺鄙な区域に建築の申請を出しに来る人など、年に一人いるかどうかだった。だから違反を見つけるも何も、そもそも建てに来る人がいない。
規則集の第十二条には、こうある。「星の重さに対して、建物が大きすぎてはいけない」。小さな星ほど、建ててよい家は小さくなる。みなみの区域でいちばん小さいのが第九〇番の星で、そこに建ててよいのは平屋がやっと一棟だという。
その第九〇番の星に、二階建ての家が建っていた。
みなみが気づいたのは、ただの巡回点検のときだった。航路の窓からふと見下ろすと、平屋一棟ぶんのはずの星に、屋根のとんがった大きな家が、煙突まで生やして立っている。窓は四つ。どう見積もっても、規則の三倍はあった。
「係長、違反です。初めての違反です」
戻るなり、みなみは報告した。声がやたらと弾んでいたのは、たぶん本人も気づいていなかった。二年ぶんの手柄が、ぜんぶそこにある気がしたのだろう。
戸部係長は書類から顔も上げずに、「まあ、落ち着けって」と言った。戸部は違反という言葉を、まるで明日の天気の話みたいに扱う男である。
「第九〇番に、規則の三倍の家が建ってます。申請の記録もありません。撤去通知、出していいですよね」
「……あの星ねえ」
「行ってきます。三十日以内に縮小か撤去、ってやつ、ちゃんと言ってきます」
みなみは倉庫の奥から違反通知書を一枚、わざわざ探し出してきていた。あんまり使われないものだから、用紙は日に焼けて、ふちが茶色くなっていた。
第九〇番の星は、想像よりずっと小さかった。みなみが立つと、地平線が足元のすぐ先で丸く落ちている。その狭い足場に、見上げるほどの家がでんと建っていた。やはり、大きすぎる。
戸を叩く前に、みなみは玄関わきの小さな金属の札に気づいた。「規格見本 第三建築委員会」。指でこすると、その下にもう一行あった。「本件は条文上の上限を超える施工の試作である」。
つまり、この家を建てたのは、あの第十二条を決めた委員会その人たちだった。建てられないと決めた当人が、建てられるか試しに建てて、ちゃんと建ってしまったので、そのまま置いてあるらしかった。
みなみは通知書を握ったまま、しばらく動けなかった。
窓口に戻って、そのことを話すと、戸部は今度はちゃんと顔を上げた。ただし、嬉しそうではなかった。
「だから落ち着けって言ったんだよ」
「でも、規則の三倍ですよ。委員会が、自分で決めた規則を」
「みんな知ってんだよ、あれは。だーれも言わないだけで」戸部はため息をついた。「お前さ、なんでわざわざ札の裏まで読んだの」
一月後、みなみに辞令が出た。さらに奥の、星が二つしかない区域への配置換えである。理由の欄には、ただ「適性」とだけあった。送別会で、戸部は「規則をちゃんと読みすぎるのも、考えものでなあ」と笑った。みなみには、それがほめ言葉なのかどうか、最後までわからなかった。
みなみが去った窓口には、宮田という若い係が来た。着任初日、宮田は航路の窓から第九〇番の星をふと見下ろして、首をかしげた。
「係長、あの家、でかくないですか。申請、ありましたっけ」
戸部は書類から顔も上げずに、「ああ、見本だよ、見本」と言った。宮田は「なるほど」とうなずいて、それきり二度と見下ろさなかった。