村瀬というのが、梱包に異常なほどこだわる男で、緩衝材の厚みを一ミリ単位で調整するのはまだいい方で、固定ベルトの締め加減は湿度が一パーセント変わるたびに測り直す。

宇宙機器輸送会社で十年、チェックリストは全部で四百一項目ある。うちの四百番目まで今夜もすべて終わらせた。ちなみに四百一番目の欄には「旅立ちの確認(任意)」と書いてあり、記入例には「省略可」とある。村瀬は十年間、四百一番目を省略し続けてきた。もっとも、他の職人がどうしているかは、なんとなく聞きそびれてきた。

今夜の荷物は特別だった。何十億円もかかった宇宙望遠鏡で、明朝のトラックで打ち上げ射場へ向かう。倉庫のホワイトボードには「本日の輸送: 1件 / NGRT-望遠鏡」と書いてある。明日の朝、自分が消す予定だ。

新入りの中田は先に帰った。倉庫には村瀬一人だった。

帰り支度を始めたが、なんとなく足が止まった。

デスクの引き出しを開けると、一番奥に古いメモ帳があった。先代の職人・三村さんが置いていったもので、中には歴代職人の走り書きがある。「またいつかどこかで」「うまくやれよ」「無事でな」「よい旅を」。短い言葉が十数ページにわたって書き連ねてある。三村さんが定年で辞めるとき「好きにしていい」と渡してくれた。村瀬は十年間、一度も読み返していなかった。そういえば、何が書いてあるか今夜初めてちゃんと確認した気がする。

梱包された大きな木箱の前に戻り、しばらく立った。

それから、つい口から言葉が出てしまった。

「いってらっしゃい」

声に出すと、思ったより恥ずかしかった。倉庫の天井に届いた声が、静かに消えた。

帰り支度に戻ったら、後ろでドアが開いた。

「あれ、まだいたんですか」

中田だった。財布を忘れたらしく、ロッカーから取り出している。どうやら村瀬の声が聞こえていたらしく、少し妙な顔をしていた。

「……聞こえた?」

「はい」と中田は言った。「いってらっしゃい、って言ってましたよね」

「まあ、今夜は特別な荷物だから」と村瀬は言った。

「そうですよね」と中田は一度ロッカーの方へ歩きかけてから、引き返してきた。「実は自分も、入社してからずっとやってみたかったんですよ。三村さんから聞いてたんで。でも先輩がやってないから、なんか言いだせなくて」

村瀬はしばらく答えられなかった。

「先輩が先にやってくれてよかった」と中田は続け、木箱のほうを向いて、まっすぐ「いってらっしゃい」と言った。


この作品は架空の輸送会社が舞台ですが、宇宙機器を地上で最も丁寧に扱う人たちの仕事は実在します。